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第2話 陽キャのテル

「うえぇ〜ん!」


「泣くなよぉ……。ボールなんてまた買ってもらえば良いだろぉ?」


 日本の首都、東京。多くの人で賑わう街の外れにある大きな公園で、小学生くらいの男の子の兄弟の姿があった。まだ小学校に入学したばかりであろう弟は、川に落ちたボールを見つめながら号泣している。


「どうしたの?」


「えっ? 姉ちゃん、誰?」


「えっと、通りすがりのただの姉ちゃん!」


 学校帰りの高校1年生の少女、日高照(ひだかてる)。男の子の泣き声が聞こえ、居ても立っても居られず、泣いている男の子の兄に声を掛けていた。


「サッカーボールが池に落ちちゃって……。それで弟が泣き止まなくて困ってんだよぉ……」


「なるほど……。よし! 姉ちゃんにまかせて!」


「えっ?」


 照は少年に微笑みかけると、制服のブレザーを脱ぎ捨て、公園の池に思いっきり飛び込んだ。


「えええええっ!? なんだあの姉ちゃん!? めちゃくちゃだ!」


「ぷはぁ! おーい、少年! これパス!」


「わっと!」


 照は池からサッカーボールを拾い上げると、男の子の兄に向かって放り投げた。ビショビショに濡れたボールを兄は両手でしっかりと受け止めた。


「げほげほっ! し、死ぬかと思った……」


「ね、姉ちゃん……! 大丈夫か……?」


「あははは……! だいじょぶだいじょぶ」


 ずぶ濡れになった照は、必死に岸に上がり、荒い呼吸をなんとか整えていた。少し長めのふわふわだったボブカットは、水を吸ってぺったりと見るも無惨なビジュアルに変貌していた。


「おねえちゃん……。ありがとう……!」


「うん……! どういたしまして……!」


 ボールを取り戻すことが出来た弟は、満面の笑みで照にお礼を言った。照は少し照れながらも、男の子のお礼をしっかりと笑顔で受け取った。


「照どこに行ったん……って、うわあっ!? あんた何してんの!? ずぶ濡れじゃん!?」


「み、緑ちゃん……。いやちょっと……大したことじゃないんだけど……」 


 音羽緑(おとはみどり)。照の同級生で仲の良い友人である。緑が全身水浸しの自分にドン引きしている様子を見て、照はバツが悪そうに目を逸らす。


「あんた、また人助けのために体張るような真似したの……? 運動神経良い訳でもないんだからやめなっていつも言ってるでしょ!」


「だって……! 誰かが悲しんでるとか困ってるとか、そういうの見てられなくて!」


「はぁ……。あんたのそういうところが好きなんだけど……。でもね。あんたに何かあったら、私やあんたの家族が悲しむんだからね」


「う、うん! ごめん!」


「よし、この話は終わり! その格好のままじゃヤバイでしょ……! さっさと帰ろ!」


 緑はひと通り説教し終えると、ずぶ濡れのままの照を連れ、照の家まで付き合い続ける。照は、こんな自分に気を遣ってくれる緑に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 照は誰とでも明るく接し、見ず知らずの人でも、困っている様子であればためらわず声を掛けるような少女だった。ただ、考えるよりもまず体が動いてしまう性格のため、自分のことより相手のことを優先しすぎる部分があった。


 照は、自分のそんな性格を振り返りながら、どうすれば誰も悲しませずに済むのかを考えていた。そんな時、車道の方から微かな物音が聞こえてきた。


「あ……! あんなところに子猫が!」


 どこから迷い込んだのか、一匹の子猫が、車道の方へゆっくりと歩いていくのが見えた。弱々しい鳴き声を発しながら、辺りをキョロキョロと見回している。


「ちょっと……! あんたまさか、また危険を冒して助けに行く気じゃないでしょうね……?」


 助けに行かないと! そう考えた矢先に、緑は照のいつものクセを察して釘を刺した。それに気付いた照は一度は踏み止まるが……。


「うぅーっ……!」


「緑ちゃん、ごめん! 私やっぱり放っておけない!」


「あっ! 照!」


 照は左右を確認しつつ車道に飛び出すと、子猫に向かって一気に駆け出した。子猫はただならぬ雰囲気の照に驚き、車道を一目散に駆け抜け、そのまま向こう側の歩道に辿り着いた。


「良かった……! これでもう安心……」


「照! 危ない!」


「えっ……?」


 緑の声に気付いた時には、照の目の前にトラックの運転席が見えた。運転手の男性はあくびをしていて前方を見ていなかった。次の瞬間、照の意識は途絶えた。


   ◇


「うぅん……。ここは……? 私は確か……子猫を助けようとしてトラックに轢かれて……」


 照が目を覚ますと、そこはモヤに包まれた不思議な空間だった。360度どこを見ても建物も何もない。この世の物とは思えない光景だった。


「あ、気付きました?」


「え……あなたは……?」


「私は女神です」


「め、女神……!?」


 照の前には、白い翼を広げ、白い衣服を身に纏った金色の髪の女性が立っていた。見た目の異質さ以上に、彼女から放たれる神秘的なオーラが、人間とは異なる世界の住人なのだと感じさせた。


「あなたはトラックに撥ねられて命を落としてしまうところだったんですけど、ちょうど転生のノルマが達成出来てなかったので、そこは一旦無かったことにして欲しいなと思いまして……」


「えっと、これっていわゆる異世界転生とかいう奴ですか?」


「そうそう……! いやぁ〜、理解が早くて助かりますねぇ……」


 女神のマイペースな雰囲気に引っ張られ、照は自分の身に起こっていることに対して、余計に現実感のなさを感じていた。


「それで、これから異世界で別の人間として生まれ変わることになるんですけれども、何かご要望とかあれば……」


「あ! ありますあります! 私、困ってる人のために無茶をして友達に怒られていたので! 多少無茶しても大丈夫になってくれたりすると嬉しいんですが!」


「なるほど〜。ほんと、話がスムーズに進むので助かります〜。たまに私にいちいちツッコミ入れたりしてうるさい人とかいるので困るんですよ〜……」


「では、転生後の身体能力はモリモリにカンストさせておきますね〜。それなら余程のことでなければやられたりしませんので」


「あの……。あんまりムキムキとかは嫌なんですが……」


「あ、数値上の話なので心配せずとも大丈夫ですよ〜」


 定番のやり取りをスムーズにこなしてくれる照に、女神は上機嫌になりながら何もない空間に小さな穴を開けた。その穴には、上空から見た平原のような景色が映っていた。


「どこかにド底辺な感じの子はいませんかね〜。やっぱ転生するなら低い地位から始めるのが定番ですし……」


「あ。あそこの女の子とか良いんじゃないでしょうか。寂れた図書館で真面目に仕事もしてない駄目な子ですし。でも、ビジュアルは悪くないですし。転生するにはもってこいですよ〜」


「そ、そんな軽い感じで決めちゃって大丈夫なんですか……?」


「大丈夫ですよ〜。転生ってそんなもんなので」


 女神は勝手な価値観で一方的に照の転生先を決め、転生の準備をさらに進めていく。

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