第19話 一緒に勝とう
魔物化したフロルを救った矢先、クロネに牙を剥くルイーズ。全力の黒魔術で応戦するが、ルイーズは、クロネの術を無効化していた。
「運が悪かったわねぇ。魔法というものは使い手によって色が違う。あなたが使う色では、私の結界を破ることは不可能なの」
「そうね……。本当に運が悪い……」
『クロネちゃん……!』
「大丈夫、分かってる。……頼むわよ?」
もはや言葉を交わすこともなく、クロネはテルの言おうとすることを察する。黒魔術が通じずとも、クロネは折れることはない。
「今一度、私の実験動物になりなさい。そこで倒れているフロルさんと一緒にね」
ルイーズは自身の正面に大きな魔法陣を出現させる。ルイーズが指を鳴らすと、魔法陣から無数の赤いトゲが射出された!
「“ニードルレイン”」
クロネは黒いシールドを張り、トゲを防ごうとする。だが、ルイーズの魔力の高さと怪我を負い、弱った身体では、攻撃を防ぎ切ることが出来ず、シールドは少しずつ削られていく……!
「くぅ……ッ! “黒炎”!!」
クロネは意を決し、攻撃に転じる。黒い炎がトゲを飲み込み、まとめて消し飛ばした! そのまま炎はルイーズに向かって突き進む。
「フフッ……」
やはり黒魔術は通じない……! ルイーズに張られた結界を撫でるように、炎は力なく流されていく。……だが、その攻撃は目眩ましに過ぎなかった。
「…………!?」
ルイーズの目の前にクロネの姿があった。炎で視界を遮っている間に、テルに交代し、一気に間合いを詰めていたのだ。テルは拳を握り締め、渾身の力でルイーズの結界を殴りつける!
「うおりゃあッ!!」
「な……ッ!? 私の結界を素手で……!!」
ガラスが割れるような音を響かせながら、ルイーズの結界は粉々に砕かれていた。テルは、そのまま結界ごとルイーズを殴り飛ばそうとするが、ルイーズは翼を使い空へ逃げてしまった。
「その力、本当に興味深いわ……。クロネさんは、身体の中にゴリラでも飼っているのかしらぁ?」
「あ、あと少しだったのに……!」
『テル、あたしに代わって……! 結界が無くなったのなら、黒魔術が通じるはず……!』
テルは再びクロネと交代する。上空へ逃げたルイーズに狙いを澄まし、黒魔術を放つ!
「“黒雷”ッ!!」
黒い雷が上空のルイーズへ向け突き進む。音を置き去りにするその速度は、完全にルイーズを捉えていた。
「“魔結界”」
ルイーズに攻撃が届く前に、再び結界が張られた。雷は、結界に触れるとバラバラに飛び散ってしまった。結界がある限り、クロネの攻撃はルイーズには通用しない……!
「く……! 間に合わない……!」
「フフフ……。破られたのなら張り直せば良いだけ。頑張っているけど、それじゃ合格点はあげられないわねぇ」
「“ニードルレイン”」
上空からトゲの雨が降り注ぐ! クロネも負けじとシールドを再展開するが、ルイーズの魔法はクロネのシールドを突き破る……!
「うああああッ……!!」
身体の数ヶ所にトゲが突き刺さり、クロネは激痛で悲鳴を上げた。体力はみるみる削られ、戦況は悪化の一途を辿る……。
「はぁ……はぁ……」
「アハハッ。クロネさん、あなたもう虫の息じゃないの? 降参して、私のモルモットになるなら、生かしてあげても良いのだけど?」
「だ、誰が……そんなこと……」
『クロネちゃん……! 私はこんなに近くにいる友達を助けることも出来ないの……?』
体力の限界が近いクロネの視界は、ユラユラと揺れる。俯きそうになるのを、必死に堪えていた……。
『あ……あれは……』
そんな視界の中、テルは、足元に落ちている黒焦げた物体に気付いた。それは、悪意を移すのに使用したライフボールだった。ドラゴンの飛膜で作られたライフボールは、クロネの攻撃で燃え尽きずに残っていたのだ。
「テル……。それはもう壊れる寸前……。あなたが入った状態で壊れてしまえば、あなたの魂は行き場を無くしてしまう……。だから、お願い……やめて……」
『ふふっ……。あんなに追い出したがってたのに、やめてなんて、おかしいよ。クロネちゃん』
「おかしくてもいい……! あたしは……あなたがいなくなるなんて、そんなの耐えられない……!」
『私も。クロネちゃんが死んじゃうなんて、そんなの嫌だ。だから、一緒に戦おう? 一緒に勝とうよ』
「テル……」
クロネはテルの決意を受け止め、ライフボールを拾い、力強く握り締めた。
「そんなボロボロの状態で、まだ何かするつもりなの?」
「“ニードルランス”」
ルイーズは諦める様子のないクロネに呆れながら、屋根の上に降り立った。そして、トゲを一本取り出すと、それを大きな槍へと変化させる。
「なんだかもう面倒になっちゃった。あなたのことは、解剖でもして調べることにするわぁ」
ルイーズは心臓を一突きにしようと、槍をクロネに振り被った。
「……えっ?」
槍がクロネに触れる瞬間、クロネが2人に分裂した! 予想していなかった状況に、ルイーズは呆気に取られている。
「はああああッ!!」
「うッ……!?」
ライフボールの効果で転生前の姿で実体化したテルは、再びルイーズの結界を拳で破壊する……! 今度はルイーズを逃さないように、クロネはすぐさま黒魔術を放った!
「“黒炎”ッ!!」
「ぐあああああああッ……!!」
ルイーズは、至近距離で黒い炎に飲み込まれた。結界のない無防備な状態で、ダメージを防ぐことは出来ない……!
「あ、あぁ……が……」
炎に焼き尽くされたルイーズは、力なくその場に倒れた。以前は逃げるのが精一杯だった。だが、かけがえのない友達の力を得て、クロネは、自身を苦しめ続けた元凶に打ち勝つことが出来たのだ。
「やった……! テル、あなたのおかげで……」
「クロネちゃん……。ごめん、私もう……」
「テル……!?」
テルの身体は透けていた。ライフボールは限界を迎え、ヒビ割れている。クロネは咄嗟にテルの手を握ろうとするが、すり抜けてしまった。
「嫌……! 耐えられないって言ったでしょ……! 勝手に消えるなんて、そんなの許さないわよ……!」
クロネは溢れる涙を堪えることが出来なかった。子供のように泣きじゃくりながら、消えようとしているテルを必死に引き留めようとしていた。
「あはは……。また友達を悲しませちゃうね……。ほんと、私は最低だよ……」
「違う……! あんたは最低なんかじゃない……! 最低だったら、こんなに悲しんでないわよ……! 馬鹿……!」
「な、なにそれぇ……?」
「たとえ、あんたが消えても……あたしは必ずあんたを取り戻す……! あんたが嫌がったって、そんなの知らないんだから……!」
「うん……。分かった……。ありがとう、クロネちゃん……」
「……また、ね」
……ライフボールは砕け、テルは消滅した。クロネは、喉が張り裂けそうなほど、大声で泣いていた。