第18話 襲い来る悪意
魔物化したフロルと対峙するテル。人を巻き込むことを恐れ、フロルを屋上へ誘き出していた。屋上とは名ばかりで、昇降のはしごが付いているだけの屋根の上だった。
「ここまで来たけど……! 実際どうしよう……!? フロルちゃんに攻撃なんて出来ないよ……!」
『策を練るから、少しの間だけ頑張ってもらってもいい……!?』
「わ、分かった……!」
フロルが目の前で化け物になり、クロネの頭も混乱している。どうすればフロルを救えるのか、その答えを導き出すためには、少しの間だけ落ち着ける時間が必要だった。
「学校も傷付けられないように、なるべく上に逃げないと……!」
フロルが爪から放つ斬撃を、テルは上空へ飛んで引き付ける。空の上ならば誰かに当たる心配もない。テルは、屋根の上を飛び回りながらフロルの攻撃を躱し続けた。
「はぁ……はぁ……!」
テルは、足場の悪い屋根の上で、反撃も出来ず、避けるのが難しい速度の攻撃を躱し続けている。体力の消耗は激しかった。テルが奮闘している間に、クロネはなんとか状況を打破するための糸口を探す。
『テル……! もう少しだけ頑張って……!』
「う、うん……! クロネちゃんなら、なんとかしてくれるって、信じてるから……!」
その時。テルの足はもつれ、バランスを崩してしまった。その隙を、フロルは見逃さなかった……!
「ガアアアアアッ!!」
「し、しまっ……!? うああああッ……!!」
『テル……!』
テルの脇腹に斬撃が掠ってしまった。血が飛び散り、服も裂けてしまっていた。テルはフラつきながらも、なんとか態勢を立て直す。
『テル、大丈夫……!?』
「う、うん……。ごめん……クロネちゃん……! また身体を……!」
『いちいち気にしないで……! 今、痛みを感じてるのはあなたなんだから……!』
(このままじゃマズいわね……。一体、どうすれば……!?)
クロネは、テルの視界を通じて辺りの状況を確認する。血液が飛び散り、上着が裂け、辺りに散乱している。服の切れ端に紛れ、何か転がっている物が見えた。
『こ、これは……!』
「ガァアアアアアッ!!」
その時、フロルがテルにトドメを刺そうと突撃してきた。動きが鈍っているテルは、フロルを振り切ることが出来ない……!
『テル! あたしと代わって!!』
「えっ……!?」
フロルが激突する瞬間、クロネはテルと入れ替わり、フロルの攻撃を代わりに受けていた。
『クロネちゃん!!』
……だが、クロネにフロルの攻撃は直撃していない。クロネは、手に持っているアイテムをフロルの身体に押し当てていた。
「これで、どう……!?」
「ギィアアアアアアッ!?」
フロルは苦しみながら絶叫している。クロネが手にしている物は“ライフボール”だった。テルを追い出すために密かに完成させ、ずっとポケットに隠したままになっていた。フロルの攻撃で服が裂け、ポケットから飛び出して転がっていたのだ。
フロルに積もりに積もった悪意の塊は、ライフボールに吸収されていく! フロルは元の少女の姿に戻り、その場に倒れた。ライフボールに移った魂は、魔物の姿を形成する。
「グォアアアアアアッ!!」
具現化された悪意は、負の感情を剥き出しにして恐ろしい雄叫びを上げている。だが、そんな不気味な敵を前に、クロネは薄っすらと笑みを浮かべていた。
「ふぅ……。ようやくフロルから離れてくれた……」
「……これなら、遠慮なくぶっ潰せるわねッ!!」
相手はもはや、友達でもないただの悪意。何も配慮する必要などない。クロネは一気に魔力を噴出させ、悪意を覆い尽くす巨大な炎を放った!
「“黒炎”ッ!!」
「ギャアアアアアアアッ!!」
“お前を跡形もなく吹き飛ばす”。その気持ちを込めたクロネの最大の“悪意”が魔物を飲み込んだ。クロネの手加減なしの最大火力に、悪意の塊は為す術なく焼き尽くされていく。
「はぁ……はぁ……!」
『クロネちゃん……!』
勝敗は決した。だが、フロルの攻撃を受け、傷付いた身体の痛みが今になってクロネを襲う。痛みに慣れていないクロネは、膝をついてうずくまってしまった。
そんなクロネの耳に、場違いな拍手の音が聞こえていた。ルイーズが翼で屋上まで追い掛けてきていたのだ。クロネの目の前に降り立ったルイーズは、クロネを見下ろしている。
「さすがクロネさん。まさか、こんなにあっさりと人間から悪意を切り離してしまうなんて。やっぱりあなたは優秀、ね!」
「うあッ……!」
ルイーズに顔を蹴り上げられ、クロネは仰け反りながら尻餅をついた。怪我の痛みを堪えながら、クロネはなんとか立ち上がり、ルイーズから距離を取る。
「あなたの力は、普通の人間を遥かに凌駕している。その力の秘密、研究しがいがありそうね」
「あんたの悪趣味な研究に付き合う気はないわ……!」
クロネはルイーズに手をかざす。悪意の塊を消し去ったクロネの最大の必殺魔法が、ルイーズに放たれた!
「“黒炎”ッ!!」
ルイーズは炎に飲み込まれ、その姿は見えなくなった。上級召喚獣のケルベロスをも一撃で葬る威力だ。まともに喰らえば耐えることなど出来る訳がない。
「フフフフ……」
「え……?」
炎の中から笑い声が聞こえ、クロネは狼狽える。何事もなかったかのように、涼しい顔をしたルイーズが炎の中から脱出していた。
「私には、闇属性の攻撃を無効化する結界が張られているの。悪意を扱う者として、自分に危害が及ばないようにね。あなたの黒魔術は私には通用しない」