第17話 悪意を弄ぶ者
フロルのことが心配で学校にやってきたクロネ。だが、フロルは魔物の姿に変貌し、クロネに悪意をぶつけていた。
「クロネさんも、他の人たちと同じなんだ。自分さえ良ければ、それで良いんでしょ?」
「ち、違う……! あたしは……!」
ふと、クロネは、今までの自分の行いを振り返った。突然異世界に転生することになってしまったテルのことを、ただの厄介者として助けようとしなかったこと。他にも、図書館を訪れる人たちに冷たくしていたことを。
「心当たりあるって顔してる……。結局、綺麗ごと言ってたって、分かってるよね……? 自分が一番可愛いんだよね……?」
「………」
クロネは、目に涙を浮かべ、何も言葉を返すことが出来なくなってしまった。自分も、ベルたちと同じ、フロルのことを傷付ける人間の一人に過ぎないのだと、思い知った。
「違う……ッ!!」
『テル……?』
その時、テルがクロネと入れ替わった。テルは拳を握り締め、フロルに向き直る。
「クロネちゃんが、あなたと同じ目に遭った時、同じように誰も助けてくれなかった……。フロルちゃんもその時、クロネちゃんを助けてあげなかったんでしょ……? でも、クロネちゃんは学校を辞めて、自分のことを守ったんだよ……!」
「あなたは何かしたの……? 誰かに助けを求めた……? 何かを変えようと行動した……? 理不尽な目に遭っているのは分かってるよ……。それはフロルちゃんのせいじゃない……」
「でも、あなたにクロネちゃんを責める権利なんてないよ!!」
「う……っ!」
『テ、テル……』
テルは、フロルの罵倒を論破し、クロネのことを精一杯庇った。クロネは、テルの精神の裏で涙を堪えられなかった。
「……あなた、何者なの……? クロネさんじゃないんでしょ……?」
「私は、クロネちゃんの友達だよ」
「友達……友達か……。良いなぁ……。そんな優しい友達と一緒にいるなんて……。やっぱり、クロネさんはズルいよ……!」
「そうよ。フロルさん。もっと、憎んで。悪意をさらに溜めるの」
「な……!?」
上空から女性の声が聞こえ、テルは咄嗟に上を見上げた。そこには、フロルのように黒い翼を生やしたルイーズの姿があった。ルイーズは翼をはためかせながら、優雅に地面に着地した。
「ルイーズ先生……?」
「私の可愛い生徒に、ちょっかい出さないで欲しいわね……。これから面白くなるところだったのに」
「何を言ってるんですか……? あなたが、フロルちゃんに何かしたんですか……?」
『まさか……あのペンダント……! あれに何か細工してあったんじゃ……!』
「ペンダントに、細工……?」
「あら。気付いていたのね。あれは悪意を溜めるペンダント。人間の悪意を吸収し、それを放出させて所有者を魔物化させることが出来る」
「最初はクロネさんで実験していたんだけど、なかなか上手くいかなくて……。しかもクロネさんは、途中で学校辞めちゃうし」
「それでフロルさんに後任を務めてもらうことにしたの。フロルさんに悪意が集まるように、あることないことベルさんたちに吹き込んでね」
『酷い……』
「なんで、そんなことを……。あなたは一体、なんなんですか……?」
「私は悪魔のルイーズ。学校に潜り込んで、悪意で人間を魔物化させる研究をしていたのよ」
ルイーズの正体は悪魔だった。ルイーズは不敵な笑みを浮かべながら、フロルの顎を撫でている。
「ほら、見て? クロネさんは学校を辞めて、優しい友達と仲良く楽しそうに暮らしている。それなのに、あなたは行きたくもない学校に通って、言い掛かりをつけられて嫌がらせをされる毎日。ズルいでしょ? 憎らしいでしょ?」
「ズルい……。クロネさんが憎い……。クロネさんが許せない……」
「フロルちゃん! そんな奴の言うことに耳を貸さないで!」
『駄目……! あのペンダントが悪意を強めている……! テルの言葉はあの子に届いてないわ……!」
フロルから溢れる悪意は黒い霧のように溢れ出し、見る見るペンダントに吸収されていく。
「それなら、あのペンダントを壊せば……!」
テルがペンダント目掛けて手を伸ばした。だが、その手が届く前に、フロルの胸元でペンダントは激しく発光して砕け散った。
「あああああああッ!!」
「うっ……フロルちゃん!!」
「アハ、ついに完成した」
フロルの姿は、さらに恐ろしい風貌へと変化していた。目は赤く輝き、もはや理性を感じさせる表情ではなくなっていた。
「さぁ、フロルさん。あなたの今までの恨み、思う存分晴らしていいわよ?」
「ガアアアアアアッ!!」
「落ち着いて! フロルちゃん!」
テルの言葉はフロルに届かない。フロルは爪を鋭く伸ばし、漆黒の斬撃をテルに向けて放った! テルは自慢の身体能力で回避しようとするが……。
「は、速い……!?」
斬撃はテルの速度に匹敵する速さで放たれる。かろうじて身を捻って躱すが、腕が少し斬り裂かれてしまった。
「痛ッ……! クロネちゃん、ごめん! 身体傷付けちゃった!」
『そんなの良いから! 次、来るわよ!』
テルは校舎裏を駆け回り、斬撃を回避し続ける。だが、テルに当たらなかった黒い刃は、学校中を斬り刻んでしまう。テルの視界には、数人の怯える生徒の姿もあった。
「ここで戦ってたら被害が出ちゃうよ……!」
『仕方ない……! 屋上へ行って……! 屋上なら人はいないはずよ……!』
「わ、分かった!」
テルは校舎を駆け上り、一目散に屋上を目指す。テルを追い、魔物化したフロルも翼を広げ飛翔する。戦いの舞台は屋上へと移った。