第15話 初めての友達
テルはフロルを連れ、図書館に戻ってきた。テルはフロルをテーブル席に座らせ、館内に風が入るようにいくつか窓を開けた。
「ふぅ……」
「どう……? 少しは落ち着いたかな……」
「うん……。クロネさん、本当にありがとう……」
クロネにとってフロルは同級生だが、クロネは、ほとんどクラスメイトと話したことがない。彼女と何を話したら良いのか分からず、テルに任せっきりにしてしまっていた。
テルも、その辺りのクロネの気持ちは汲んでいるようで、クロネの代わりにフロルとコミュニケーションを図ろうとしてくれていた。
「フロルちゃん、えっと! 好きな食べ物は何!?」
「た、食べ物……!?」
『あんた……。なんちゅうベタな質問してんのよ……』
「私だって何話したら良いのか分からないんだよぉ!」
「ふ、ふふふっ!」
唐突なテルの質問に、思わず吹き出してしまうフロル。気取らない自然体のテルの接し方に、安心しているように見えた。
「イ、イチゴが好きかな……!」
「あぁ〜、良いねぇ! フロルちゃんに凄く似合うというか、プロフィール欄に書いたらもうそれだけで魅力アップというか……!」
「ふふふ……! クロネさんって、そんなにお喋りだったんだね……! 私、全然知らなかったよ……!」
「あ、あはは……。たまに調子が良い時はこんな感じになったりするかな……!」
「もっと早く知っていたら、お友達になれたかもしれなかったのに……」
フロルは、クロネが学校を辞めてしまったことを気にしているようだった。もしかしたら、自分に出来ることがあったのではないかと……そう思っているのかもしれない。
「じゃあ、今からお友達になろうよ……!」
「えっ……?」
「……いいよね、クロネちゃん?」
テルは小声でクロネに確認を取る。クロネもテルと同じ気持ちだった。ここからは、自分がフロルと話をしないといけない。そう感じたクロネは、テルと交代した。
「……あたしは、今からでもあなたと友達になりたい。あなたに何かあったら、力になってあげたい」
「クロネさん……。うん、こんな私で良ければ……!」
「ふぅ……。なんだか、緊張するわね……。こういうの……。やっぱり、あたしには向いてないわ……」
「うん、分かるよ……その気持ち……! 私もそうだから……。友達になりたいって言ってくれたの、クロネちゃんが初めてだから、凄く、嬉しい……」
「フロル……」
クロネの心はポカポカと温かくなった。今まで感じたことのない気持ちに、クロネは戸惑いを隠せなかった。
「……せっかく図書館に来たんだし、何か本を借りて行かない? おすすめの本、紹介するわよ?」
「ほんとに? 私、実は本が好きで……! クロネさんのおすすめ、ぜひ教えて……!」
クロネとフロル、人と話すことが苦手な2人は、少しずつお互いを理解し、本を通してさらに仲を深めようとしていた。
その時、図書館に一人の女性が姿を現した。
「フロルさん……! ここにいるんですか……?」
「ル、ルイーズ先生……!」
現れたのはフロルの担任の女教師ルイーズだった。クロネの元担任である。学校を辞めているクロネはなんとなく気まずくなり、ルイーズから不意に視線を逸らした。
「ベルさんたちから聞いて探しに来たんです……! あなたが突然いなくなったので、心配していると……」
「そ、そうなんですか……。すみません……。私なら、大丈夫です……。ご迷惑をおかけしました……」
(あの陰湿女たち……。先生にチクったってことね……。どこまでも陰湿な奴ら……)
「あら……。あなたはもしかして、クロネさんですか……?」
クロネに気が付いたルイーズが声を掛けてきた。クロネの彼女に対する印象はあまり良くはない。自分のクラスでいじめが行われていてもそれに気付く素振りも、解決しようとする素振りもない。クロネはそんな彼女に業を煮やしていた。その内に秘めている気持ちがつい表に出てしまう。
「そうですけど……。悪いですか……?」
「いえ、ただお元気にしているかなと思いまして……」
「元気……まぁ、そうですね……」
元気かと尋ねられ、クロネは苦笑いを浮かべた。学校を辞めることになり、落ち込むことや悩むことはたくさんあった。そんな自分のことを、この教師は深く気にしてはいないのだろう。そう感じて、ますますルイーズへの信頼は薄らいでいた。
重苦しい空気になっていることを察したのか、フロルがクロネとルイーズの会話に割って入った。
「あの……。私なら大丈夫ですので、心配しないでとベルさんたちに伝えてください……」
「そうですか……。分かりました。用事が済んだら気を付けて帰るんですよ?」
そう言い残し、ルイーズは図書館から立ち去っていった。ルイーズがいなくなると、クロネとフロルは、揃って息を吐いていた。
「大人って、ほんと信用出来ないわね……」
「悪い先生ではない、とは思うんだけど……。私にお守りくれたりしたし……」
「あぁ……。あなたが首からぶら下げてる奴ね……。あたしもそれ貰ったわ……。そんなもんわざわざ渡すってことは、いじめがあることには薄々気付いているんでしょうね……」
ルイーズのどことなく頼りにならなそうな雰囲気を見ると、いじめのことを相談しようという気持ちは湧いてこなかった。相談出来るのなら、クロネは学校を辞めていないのだから。
「ふぅ、気を取り直して……。あなたの気に入りそうな本を持って来るから、少し待ってて……」
クロネは本棚から一冊の小説を手に取った。温かな絵柄で1人の少女が描かれた小説だった。フロルはその本を大事そうに受け取った。
「優しいお話だから、癒やされてくれると良いんだけれど……」
「そういうお話大好き……! ありがとう、クロネさん……!」
フロルは本を一冊借りると、クロネに手を振りながら図書館を後にした。クロネは控えめながらも、フロルの姿が見えなくなるまで、手を振りながら彼女を見送った。
『クロネちゃん、頑張ってたくさんお話し出来て偉いね……!』
「やめてよ……。子供じゃないんだから……そんな恥ずかしいこと言うの……」
(でも……。悪い気はしないわ……。ありがと……)
テルに褒められ、クロネは嬉しいような、くすぐったいような、不思議な気持ちに包まれていた。自分のことをこんなに真っ直ぐ褒めてくれる存在など、テル以外に他にいない。クロネにはもう、テルを追い出す気持ちはなくなっていた。