第14話 助けたいのに
魔法学校時代の同級生を見て、すっかり気持ちが暗くなってしまったクロネ。当の本人たちは、そんなクロネにお構いなしに、未だに図書館に入り浸っていた。読書スペースのテーブル席に、彼女たちは4人まとまって座っている。
「魔法学校の図書室には置かれてない本があるかもしれないって思って来たけど、大したことない図書館ね〜」
「わざわざ足を運んだけど、ボロくて汚いし、来るんじゃなかったわ」
図書館を侮辱する声が響き渡る。テルは、クロネの心の中で落ち着かない様子だった。
『あんな言い方しなくてもいいのに……!』
「ほっときなさい……。あいつらにとって、あれが普通なのよ……。気にするだけ無駄だわ……」
4人組のうち3人の少女は、傍若無人な態度でおしゃべりを続けている。だが、1人の少女は黙ったまま静かに本を読んでいた。
「あんたもそう思うでしょ? フロル?」
「う、うん……。そうだね……ベルさん……」
首からペンダントを下げている大人しい少女。フロルと呼ばれていた彼女は、俯きながら、か細い声でそう答えた。その姿は、彼女たちに絡まれ萎縮していたクロネにそっくりだった。
「あのフロルとかいう子……。たぶん、いじめられてる……」
『えっ……!?』
「あの子、大人しい子だったから……。きっと、あたしが学校を辞めた後、いじめのターゲットがあの子に変わっちゃったんだわ……」
クロネの胸がチクチクと痛む。目の前に、自分と同じ目に遭っているかもしれない少女がいる。まるで自分を見ているかのように思えて、他人事に感じられなかった。
「はぁ〜あ。もう飽きたし、そろそろ行こうよ」
「そうね! ほら、フロル。いつまでも本なんか読んでないで、さっさと行くわよ!」
「う、うん……」
フロルは急いで書物を本棚に戻し、慌てて彼女たちの後に付いていった。その最中、フロルはクロネの方をふと振り返った。
「フロル……!」
目を潤ませながら、助けを求めるような視線だった。あたしにどうしろと……。クロネは思わず視線を逸してしまった。
そのまま彼女たちは図書館を出て、どこかへと歩いていく。その姿は、クロネの視界から見る見る遠ざかっていく。……心の奥底に眠る気持ちに引っ張られ、クロネは思わず立ち上がっていた。
「…………。リッツ、ごめん。少し、用事があるから……」
『クロネちゃん……!』
リッツにそう告げると、クロネはそっと制服の少女たちの後を追った。
図書館から少し離れた林に、彼女たちの姿はあった。3人の少女が、フロルのことを取り囲んでいた。クロネは気付かれぬように、木の陰に身を隠して様子を伺う。
「あんたさぁ! なんなのさっきの態度? ずっと嫌そうにしてたでしょ?」
「そんなに私たちのことが嫌いなワケ?」
「ご、ごめんなさい……! そんなこと、ないよ……」
「だったらもっと嬉しそうにしなさいよ!」
目に涙を溜めながら、震える子で必死に返事を返すフロル。だが、そんなフロルに、3人の少女たちは次々にキツい言葉を浴びせ続ける。
「フ、フロル……」
フロルが目の前でいじめられている。だが、クロネは助けたくても助けに入ることが出来ない。足が震える。喉が塞がる。今すぐこの場から立ち去りたくなってしまう。
「ほら! 顔を上げて、私たちのことをちゃんと見なよ?」
「うぅ……!」
3人組の中の1人が、フロルの胸ぐらを掴み、無理やり顔を上げさせる。フロルは呼吸が上手く出来ない様子で、苦しそうに顔を歪めていた。
「なんなのその顔? 嬉しそうにしろって言ってんでしょうが!」
クロネはエスカレートしていくいじめを直視出来なくなり、目を瞑ってしまった。やっぱり自分には、どうすることも出来ない。そう思っていた時だった。
『クロネちゃん、ごめん……。私、もう見てられないよ……!』
クロネの目が強制的に開かれた。身体は勝手に少女たちの前に飛び出していた。テルが、フロルを助けるために、クロネの身体を借りていたのだ。
「クロネ……! あんた、今まで隠れて見てたの……?」
「趣味悪ぅ〜! ほんと根暗なんだから!」
「興醒めだわ。ほら、フロル行くよ!」
「いい加減にしなよ……!! フロルちゃん、嫌がってるでしょ……!!」
「はぁ……?」
フロルを連れ、立ち去ろうとしていた少女たちは、テルの言葉に反応し足を止め、テルを睨み付けている。だが、テルは一切怯まない。
「何その態度……。学校辞めたから、強気になってるってこと? ダッサ」
「あたしらは授業を受け続けて、あんたより魔法を学んでるの。そんなあたしらに楯突こうなんて、百年早いのよ」
テルに向かって罵詈雑言を吐き捨てながらも、少女たちはフロルを強引に引っ張って連れて行こうとする。テルは、地面を力一杯踏みつけた!
「フロルちゃんを離してッ!!」
「えっ……!? うわっ……!!」
テルの脚は地面を砕き、隕石が落ちた跡のような大きなクレーターを作っていた。少女たちは、地面の亀裂でバランスを崩しながら慌てふためいている。
「な、なんなの今の……!? 魔法を使った形跡もないのに……!?」
「もう一度言うよ……? フロルちゃんを離して……」
「わ、分かったわよ……!」
少女たちはテルの迫力に押され、フロルの手を離し、そのまま逃げるように立ち去った。心を打ちのめされたフロルは、テルが作ったクレーターの上で座り込んでいた。
「フロルちゃん、大丈夫……?」
「う、うん……。ありがとう、クロネさん……あっ」
「おっと……!」
フラついて倒れそうになるフロルの身体を、テルはそっと支えた。微かに震えるフロルの身体は、とても弱々しかった。
「図書館で少し休んでいく……?」
フロルは小さく頷いた。テルはフロルを支えながら、図書館へ引き返すのだった。
『テル……ありがとう……』
「クロネちゃん……?」
『助けたかったのに……。あたし、勇気が出なくて……。あんたが代わりに飛び出してくれなかったら、きっと後悔してた……』
「ううん……。私は、勝手にやっただけだよ……」