第12話 テルの戦い
「オオオオオオ……!!」
巨大な影がテルの前に立ちはだかった。リーフを実体化させるつもりが、それどころではなくなっていた。
「クロネちゃん! モンスターが出たよ! 交代するから黒魔術で倒して!」
『む、無理……』
「クロネちゃん……!?」
クロネは弱々しい声で交代を拒否した。初めての反応に、テルは動揺を隠せない。その隙を突き、ゴーストは影を伸ばして攻撃を仕掛ける!
「うわっ! ……クロネちゃん、どうしちゃったの!? あんなのドラゴンより弱そうなのに!」
『気付いてるんでしょ……!? あたし、本当にああいうの苦手なのよ……! あんな不気味な存在と戦うなんて、絶対に無理だから……!!』
「えぇーっ!? 本当にお化け苦手だったんだ! クロネちゃん、可愛い!!」
『可愛いとか言うな馬鹿……!』
クロネはすっかり怯えてしまい、完全に戦意を喪失していた。いつもとの激しいギャップに、テルはつい興奮してしまった。
「と、そんな場合じゃない! クロネちゃんが無理なら、私があいつをやっつけないと!」
テルは自慢の身体能力でゴーストの攻撃を回避する。間合いを一気に詰め、渾身の力で拳を突き出した!
「くらえっ! ……って、あれっ!?」
ゴーストに拳が直撃したかに思えたその時。テルはゴーストの身体をすり抜けてしまった。手応えは完全にゼロ。ダメージを全く与えられていないようだった。
「そ、そんな! 攻撃が当たらないよ! 向こうは攻撃出来るのにズルくない!?」
困惑するテルを余所に、ゴーストの猛攻は止まらない! テルは懸命に躱すが、テルを追う影が本棚を破壊していく。
「このままじゃ図書館がめちゃくちゃにされちゃうよ! クロネちゃん! お願い! なんとかして!」
『うぅ……! 怖い……! ごめん……本当に無理なの……!』
「クロネちゃん……!」
すっかり怯えてしまったクロネは、戦況を分析することもままならなかった。クロネに無理をさせることは出来ない。テルは、最悪な状況を打開するため、なんとか策を捻り出そうと必死に考える。
「そ、そうだ! ライフボール! これを使えば……いや、でも! これはリーフちゃんのために使わないといけないのに!」
魂を実体化させるライフボール。それを使えば状況が打開出来ると思い付くが、それはリーフのために用意した物。テルはどちらのためにライフボールを使えば良いのか判断出来ず、板挟みにあっていた。
状況が好転しないまま、図書館は破壊されていく。窓ガラスは割れ、本棚は倒れ、書物は引き裂かれていく。
「あぁ、もうっ! どうすればいいの……!?」
絶望的な状況に、テルの心は折れ掛ける。暴れ回るゴーストを止めることが出来ず、呆然と見つめることしか出来ない……! その時だった。
「もう、やめて……!」
「リーフちゃん……!?」
リーフがゴーストの前に飛び出した。震える小さな身体を、出来る限り大きく広げてゴーストに立ちはだかる。
「リーフちゃん! 駄目だよ! 危ないよ!?」
「お姉ちゃんがいつも大事に扱っている本を、これ以上傷付けないで……!!」
ゴーストはリーフに狙いを付ける。小さな魂を飲み込むように、巨大に膨れ上がった影が襲い掛かった……!
「リーフ!!」
「えっ……?」
リーフが影に飲み込まれる寸前。一人の影がリーフを突き飛ばした。リーフはかろうじて攻撃から逃れることが出来たが、突き飛ばした人物は傷を負ってしまっていた。
「お姉ちゃん……!?」
「よ、良かった……。リーフ……。怪我はない……?」
「私、幽霊だから怪我なんかしないよ……! 私よりお姉ちゃんが……!」
「あ、あはは……。大丈夫、掠り傷だから……。うぅ……!」
リーフを庇ったのはリーフの姉のリッツだった。肩を切り裂かれ出血してしまっている。身動きが取れないリッツを狙い、ゴーストが再び攻撃を仕掛けようとしている。
「リーフちゃん、ごめん!」
テルがライフボールをゴーストに投げつけた! ゴーストの魂はボールに宿り、魔力と一体化した魂は輪郭がくっきりしていく。
「これなら、攻撃出来るはず……!」
「うおりゃあっ!!」
「オオオオオオオッ!?」
実体化したゴーストの顔面に、テルが渾身の飛び蹴りを放った! 足が肉にめり込むような感覚が、テルの足に伝わる。鈍い音を響かせながら、ゴーストは図書館の壁に叩きつけられた。
凄まじい物理ダメージを受けたゴーストは、実体化した身体ごと、浄化されるように消えたいった。
「大丈夫!? リッツちゃん!?」
「“ちゃん”……?」
テルはリッツの元へ駆け付ける。幸いにも傷は浅いようだった。テルは図書館に備え付けられている救急箱で、リッツに応急処置を施した。
「これでよし! 大したことなくて良かったよ……!」
「ありがとう……クロネさん……。いつもとキャラが違うのが凄く怖いけど……」
「そういえば、どうしてリッツちゃんはリーフちゃんに触れたの……? 私はゴーストに触れなかったのに……」
「私、実は昔から霊感があるようなんです……。触りたくないのに触っちゃったりすることも、何度かあって……」
『怖い話はやめて……!!』
クロネはテルの心の中で耳を塞ぎながらガタガタ震えていた。テル以外、そんなことは知る由もなく、リッツたちは会話を続ける。
「お姉ちゃん……。もしかして、私にもずっと気が付いてたの……?」
「う、うん……。自分の妹だもん……。すぐに気が付いたよ……。でも、なんて声を掛けたら良いのか、分からなくて……」
「リーフは死んじゃったのに……私だけのうのうと生きてて、いいのかなって……!」
「リッツちゃん……」
リッツは声を押し殺しながら涙を零していた。姿は見えていたにも関わらず、ずっと苦悩し続けたリッツを思うと、テルは胸が苦しくなった。
「そんなの、気にしなくて良いよ……! 私は、お姉ちゃんとお話出来て凄く嬉しいんだから……」
「リーフ……!」
リッツとリーフは、込み上げる涙も、溜め込んだ気持ちも、全て吐き出すように抱き合いながら泣いていた。テルはそっと、その場から立ち去った。
「はぁ……」
図書館から外に出たテルは、壁に寄り掛かりながら溜め息をついた。そんなテルに、クロネが静かに語り掛ける。
『どうしたのよ……。あの姉妹はちゃんと話をすることが出来たのよ……? もっと喜びなさいよ……』
「うん……。そうだね……」
『何その気のない返事は……』
「いや……。私って、ほんとに駄目だなって思って……。転生する前も、考えなしに飛び出して、いつも友達に迷惑掛けて……」
「転生することになったのも、友達の忠告を聞かずに子猫を助けようとして事故に遭ったからだから……」
テルは目に涙を溜めながら、クロネに今まで抱え込んでいた気持ちを吐露し始めた。転生しても周りのことばかりで、自分のことを考える余裕がなかったのだ。
「緑ちゃんも、お父さんもお母さんも、みんな悲しませちゃったし! 今だって、私、図書館もリッツちゃんも守れなかった! うぅッ……!」
『はぁ……。そんなこと、今さら気にしても仕方ないでしょ……。あんたみたいなポンコツが、完璧に人助けしようなんて片腹痛いのよ……』
『でも……。あんたのやってること、あたしは間違ってない、と思う……』
「ク……クロネちゃん……」
精一杯のクロネの優しさが、テルの胸に響いた。溢れる涙は、しばらく止めることが出来なかった。