8 彼の瞳が語るものは②
(……あなたは、何を思っているのですか?)
ドッドッという心臓の音ばかりが耳を騒がせる中、ミリアムはじっとジェレマイアを見つめる。……が。
(……何も、聞こえない……?)
おかしい、と思って少し身を乗り出して彼を凝視するが、やはり何も聞こえない。
ミリアムの能力を熟知しているスカーレットでさえ、目を合わせると何かしらの声が聞こえてくるのだが。
「……」
「……あ、あの」
「……やべぇ」
「え?」
「眼鏡を外したミリアムさん、むちゃくちゃ可愛い……!」
ぽわわわ、とジェレマイアの頬が赤く染まっていき、まっすぐミリアムを見つめてくる。
「いや、眼鏡を掛けているときから可愛いって思っていたけれど……うわぁ、茶色の目、すっげぇきれい! さらさらの赤い髪とむちゃくちゃ似合っている!」
「え? あ、あの……?」
「あ、すみません、変なことを言って!」
「いえ……」
「ああっ、これじゃあ順番が逆ですね! ミリアムさん、俺と付き合ってください!」
「……」
怒濤の勢いでたたみかけられ、ミリアムは考えることを放棄しそうになった。
(……え?)
カーテンは引かれていないのに、今はなぜか周りの客たちの話し声や食器の立てる音が遠く聞こえた。
まるで、このカフェにいるのは二人だけになってしまったかのような感覚だ。
「……あ、あの、ジェレマイア?」
「よかったら俺のことは、愛称のジェイと呼んでください!」
「いえ、そうじゃなくて……あの、今の、本気?」
「俺はいつだって本気百パーセントの男です!」
なぜかどんっと胸を叩いて、誇らしげに言われた。
ミリアムは目を瞬かせて――ジェレマイアが本気で自分に告白したのだと、理解した。
じわじわ、と頬が熱くなってくる。
愛の告白なんて……スコットからもされたことがなくて、驚きと戸惑いで指先が震えそうになる。
(お、落ち着け落ち着け、ミリアム! そう、こういうときこそ、私の能力の出番!)
皆から「鷹の目のエリントン」と呼ばれる所以のこの能力を使えば、ジェレマイアの本音を聞き出すことができるはずだが――
「俺、あなたに帳簿を確認してもらったあの日からずっと、あなたのことが気になっているんです!」
「……」
「手つきはきれいだし、姿勢もきれいだし、顔も可愛いし! あと俺、結構声フェチなんですよ。ミリアムさんのちょっと低くて色っぽい声が俺、大好きで!」
「……」
「他にもミリアムさんのいいところはいっぱいあるんですが、とにかく好きになってしまったんで、俺と付き合ってくださいってことを言いたくて、今日食事に誘ったんです!」
「……」
おかしい。
副音声が、一切聞こえない。
(こんなこと、今までなかったのに……?)
もしかして、とミリアムは目を瞬かせた。
(ジェレマイアには、私の能力が通じないのかもしれない……?)
誰だって、本音と建前があるはず。
それなのに、ジェレマイアだけ副音声が聞こえないということは……なぜかは分からないが、彼にはこのミリアムの能力が通用しないのではないか。
(そ、それなら、もし私がジェレマイアの告白を受け入れたとしても、彼の本音を聞いてしまう心配がない……)
そこまで考え、慌ててミリアムは自分の浅ましい考えを殴りつけた。
(だからという理由でジェレマイアの告白を受け入れるのは、おかしいわ! ジェレマイアに失礼じゃない!)
ぐるぐると思考に浸かるミリアムを、ジェレマイアはふんふんと鼻息も荒く見守っていた。
だがあまりにも長時間考え込むからか、次第にその灰色の三角耳がしゅんとしおれていった。
「……あ、あの。だめならだめって言ってくれていいですからね? 生理的に無理とかってのも……いっそ今言ってくれた方が、気が楽ですし……」
「……い、いえ、そういうわけじゃないですよ」
あまりに悲しそうにうなだれるのでそう言うと、三角耳をゆるゆると起こしたジェレマイアが首をかしげた。
「そうですか? でも、すごく悩まれていたので……」
「ええと……さすがに少し、驚きまして。もしかしてここ最近、あなたが私を見たときに手を振ったりしてくれているのも……好きだから、なのですか?」
「はいっ! ミリアムさんにちょっとでも俺のことを意識してほしくて、アピールしちゃいました! あ、俺、普段からこういうことをしているわけじゃないですからね! ミリアムさんのことが好きになったから、自己アピールもミリアムさんだけにしています!」
必死に尻軽男ではないアピールをするジェレマイアを見ていると、ミリアムもなんだかほだされてしまいそうになってきた。
「……その、気持ちはすごくありがたいです。でも私、まだジェレマイアのことをよく知りませんし」
「それじゃあ、これからたくさん知ってもらいます!」
「……私、仕事人間だからあまり一緒にいられませんし」
「これまでみたいにたまに城でお見かけするだけでも、俺は幸せです!」
「……自分でも、愛想がいいとは思えなくて」
「え? ミリアムさんはむちゃくちゃ可愛くて笑顔が素敵ですよ?」
……こういうやりとりをしている間もミリアムはジェレマイアの目を見ているのだが、やはり副音声は聞こえてこない。
しゃべっているときも黙っているときも、副音声が聞こえない。つまり彼にはこのミリアムの……呪いが通じないということで、確定だろう。
(そんな人がいるなんて、知らなかった……)
ほう、とため息をついて眼鏡を掛けると、ジェレマイアは「ああっ、眼鏡を掛けたミリアムさんも、クールで可愛い……!」と感極まった様子で呟いた。
どうやら自分はよほど、この青年に好かれているようだ。
「……その、ジェレマイア」
「はい、ジェレマイア・プレストン二十三歳です! ジェイと呼んでくれたら嬉しいです!」
「お友だちとかではなくて、お付き合いしたいのですか?」
「できるなら付き合いたいですね! でもまずはお友だちからでも、大大大歓迎です!」
からっと言われて、ミリアムは悩んだ末に顔を上げた。
「……あなたの気持ちは分かりましたし、あなたはとてもいい人だと思います。それでもやはり私は、知り合って間もない人と付き合うのは……果たしてお互いにとっていいことなのかと思うのです」
「俺のことも気遣ってくれるなんて……ミリアムさんは優しいですね!」
「そ、そういうわけではありませんから! ……ええと、だから、ですね。……まずは、あなたのことをもっとよく知る時間がほしい、と言いますか……」
「なるほど」
「ほら、もしかしたらあなたも、私のだめなところとかを見て嫌気がさすかもしれないでしょう? だからお付き合いをするのはもうちょっと後で、まずはお互いのことをよく知る時間を設けませんか?」
ミリアムの苦し紛れの説得に、ジェレマイアは考え込む仕草を見せた。
「……俺がミリアムさんのことを嫌いになるとは思えませんが、ミリアムさんに嫌な思いをさせたくはないですね。……分かりました! ではこの件はひとまず保留としましょう!」
「いいのですか?」
あまりにもあっけらかんと言われるので思わず尋ねると、ジェレマイアはにっこりと笑った。
「生理的に無理、おととい来やがれ、と言われなかっただけで俺としては十分ですよ! つまり、俺のことを好きになってくれたらお付き合いしてくれるんでしょう?」
「ええ、まあ、そうですね……」
「それなら本日の俺の目標は達成です! いやー、よかった! じゃあ、ミリアムさん! これからもどうぞよろしくお願いします!」
満面の笑みのジェレマイアに言われて……案外喜んでいる自分がいることに、ミリアムは気づいた。




