5 ジェレマイアのお誘い①
数日後の休憩時間中、スカーレットが教えてくれた。
「ジェレマイア・プレストンは現在、二十三歳。彼の実家であるプレストン家は、階級としては騎士爵の……つまり、平民だ。でも彼は元王女を祖母に持っているから、一応傍系王族ということになっている。王子殿下や王女殿下が主役のパーティーなどでも、縁者として招待されるようだ」
「貴族ではないけれど、高貴な血筋の方だったのですね」
ミリアムから見た彼はあまりそういう雰囲気ではないので、意外だった。
紅茶のカップを片手に、スカーレットは言葉を続ける。
「それから……交友関係に関しては、問題ないだろう。明るくてひょうきんな、ムードメーカー。悪く言えばお馬鹿だけれど、彼のことを嫌う者はそうそういない。男連中とはよくつるんでほどよい悪さをするそうだが、女性関係は案外潔癖らしくて悪い噂はないそうだ」
「……そう。ありがとうございます、スカーレット」
「……で? そんな明るくてひょうきんな小隊長のことはこれからも、手を振られたら振り返すくらいの関係でいる予定?」
スカーレットに問われたので、ミリアムは少し答えに詰まった。
「……悪い人ではないようだから、無下にするつもりはないです。まあ、すれ違ったら挨拶をするくらいの仲でいるくらいが妥当かと」
そう言いつつも実は今朝も、ジェレマイアと遭遇したばかりだった。
ミリアムは経理部の棟の横にある宿舎で寝泊まりしている。そこから毎朝出勤するのだが、煉瓦道を歩いていると馬に乗ったジェレマイアと顔を合わせた。
おそらく彼は城下町の夜間監視などをした帰りなのだろう、彼の後ろには十数名ほどの部下らしき騎士の姿もあった。だがジェレマイアはわざわざ馬を止めて制帽を外し、「おはようございます、エリントン女史!」と元気よく挨拶してくれた。
挨拶を返すだけでは素っ気ないかと思い、「いつもおつとめご苦労様」というねぎらいの言葉も添えると、ジェレマイアはぱあっと笑顔になって「はい! 今日も俺は頑張ります!」と調子よく言ってから馬首を返した。なお彼の後ろにいた部下たちはミリアムを見てちょこっとお辞儀をしてから、慌てて小隊長の後を追っていた。
(……気さくでいい人だとは思うわ。どうしてここまで懐かれたのかは、分からないけれど……)
仕事を終えたミリアムは、毎月実家に送っている手紙の配達依頼のために城内にある郵便部に向かった。
そして……何の偶然か、同じように大きな荷物を受付に差し出していたジェレマイアを見つけてしまった。
最初ジェレマイアは真剣な顔で伝票を書いていたが、それを書き終えてきびすを返したところでミリアムを見て、ぎょっとしたように目を丸くした。
(……あ、あら? ちょっと困った感じ……?)
これまでの彼はミリアムを見るなりなぜか満面の笑みになっていたので今回もそうだろうと思いきや、意外そうな顔で目を瞬かせていた。だがすぐに彼はいつもの人なつっこい笑顔になり、会釈した。
「ど、どうも、エリントン女史! ……あ、郵便手続きが終わった後でいいので、ちょっとおしゃべりしませんか?」
「……ええ、いいですよ」
今日はこのまま解散かと思いきや、おしゃべりに誘われてしまった。
(……引き留められるのは、これが初めてね)
郵便部の入り口でジェレマイアが待っている気配を感じながら、いつものように配達手続きをする。だが、毎度やっていることなのに今は宛名を書いたり料金を支払ったりする一連の動作が、やけにまだるっこく感じられた。
手続きを終えて入り口に向かうと、ジェレマイアが気さくに手を挙げた。
「ども。……今日は朝と夕方二回もエリントン女史にお会いできて、なんだか嬉しいです!」
「……そう、ですか。ええと……」
「あ、俺のことはジェレマイアと呼んでください。多分俺の方がガキだと思うので、呼び捨てでいいですよーというか、呼び捨てでお願いします!」
呼び名に困っていると聡く気づいたらしいジェレマイアの方から、そう申し出てきた。年齢差について言うとき、「あなたの方が年上」ではなくて「俺の方がガキ」と言うのは……きっと、女性の年齢について極力触れないようにするという彼なりの優しさゆえなのだろう。
「分かりました。では仕事中以外でしたらジェレマイアと呼ばせていただくので、どうかあなたも私のことは名前で……ミリアムとお呼びください」
「ええっ、恐れ多いですよ! でもお許しいただけるのなら……ミリアムさんってお呼びしますね!」
「どうぞ」
ミリアムがうなずくと、ジェレマイアは「ミリアムさん……」と、なぜかかみしめるように感慨深く復唱した。
(……ただ名前を呼ばれているだけなのに)
なぜか心の奥がむずむずしてくるのを感じつつ、ミリアムは財布を鞄にしまってからジェレマイアの顔を眼鏡越しに見上げた。
「……それで? 何か私にご用事だったのでしょうか?」
「……あー、はい。ええと……じゃあこちらに」
それまでの調子いい感じから一転して少し緊張した様子のジェレマイアが手招きしたので、彼に続いて郵便部を出た。既に外は夕焼け色に染まっており、冬の到来を間近に迎えた空は少しだけ肌寒い。
ジェレマイアは長い髪を風に遊ばせて、しばらくそわそわと視線をさまよわせていた。
(……何かしら?)
「……あの?」
「っ、ミリアムさん!」
「はい」
「こ、今度、俺と一緒に、食事に行きませんかっ!?」
「……はい?」
つい、「分かりました、いいですよ」とも取られそうな間の抜けた声を上げてしまったが、ジェレマイアはそれを「今、はいと言いましたね!?」と解釈するような男ではなかったようだ。
彼は真剣な顔でミリアムを見ている――が、よく見るとその頬はほんのりと赤く染まっていた。