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2  転落と再起

 その後のことは、あまりよく覚えていない。


 兄に支えられてパーティー会場を後にして、屋敷に帰った。

 そして……しばらくして父が憔悴した顔で、「アボット伯爵から、婚約破棄を言い渡された」と告げてきた気がする。


 スコットは口がよく回る男で、いかに自分たちが正しいかを声高に主張した。そして彼の父であるアボット伯爵も、冴えない伯爵令嬢よりも旧友の娘である絶世の美少女の方を選んだ。


 アボット伯爵家から一方的に押しつけられる形でミリアムたちの婚約は白紙になり、間もなくスコットはシャーロット・ミッチェルと婚約した。


(……私は、馬鹿だ)


 ミリアムは、涙を流した。


 あのパーティー会場でスコットの浮気を詰ったりしなかったら、婚約は続行できたはず。

 果たしてその先にある結婚生活が円満なものだったかどうかは分からないが……こうして父とアボット伯爵が決裂するような結果にはならなかっただろうし、「死んでいればよかったんだ」というスコットの副音声を聞くこともなかった……はずだ。


 ミリアムさえ、我慢していれば。

 彼の目を見て副音声を聞き取ろうとしなければ……よかったのに。


 ミリアムは、屋敷に閉じこもるようになった。

 家族は皆、婚約破棄されたミリアムは悪くないと言って励ましてくれたが……ミリアムはある日、父と目を合わせたときにその副音声を聞いてしまった。

『……困った子だな』と言うのを。


 ミリアムは、家を出ることにした。


 家族のことは、大好きだ。

 こんな情けない娘でも愛情を注ぎ励ましてくれた家族のことを、嫌いになれるはずがない。


 ……だからこそ、皆の目を見ることができなくなった。


 これ以上、皆を困らせたくない。

 皆が困っているという副音声を――聞きたくなかった。


 両親は「家を出て、働きたい」というミリアムの願いを聞き入れてくれた。幸いミリアムは勉強に関しては人並みにはできたので、父の提案で王城の経理部で働かせてもらうことになった。


 暗い顔で経理部を訪れたミリアムを迎えてくれたのは、経理部長であるフランク・エンブリーと、その娘である経理部職員、スカーレットだった。


「経理部へようこそ、ミリアム・エリントンさん」


 四十代半ばの恰幅のいいフランクはそう言って、うつむくミリアムの肩をそっと叩いてくれた。


「今日からここが、君の職場であり君の家でもある。娘のスカーレットを君の相談役にするから、困ったことがあれば我々に何でも言いなさい」

「よろしく、ミリアムさん」


 焦げ茶のミディアムボブをさらりと流したスカーレットも笑顔で言ってくれたので、ミリアムはぎこちなくうなずいた。









 ミリアムは、王国経理部の職員として採用された。


 採用試験を受けたのだが、その結果についてフランクは「受験者の中では平均よりも下くらいだけれど、字が飛び抜けてきれいであることと所作の美しさから採用した」とはっきり言っていた。

 ミリアムは知らなかったが、経理はあちこちに出向いて監査なども行うので最低限のマナーが必要で、何か飛び抜けた才能がある者は重宝されるとのことだった。


 ミリアムは、度の入っていない眼鏡を着用するようにした。

「相手の目を見ると心の声が聞こえる」という自分の厄介な能力は、ガラス越しだと効果が出ない。視力矯正効果のない眼鏡でも透明なガラスを使っているため高級品なのだが、「人の目を直接見るのが怖い」というミリアムのために、家族がはなむけとして贈ってくれた。


 フランクは気さくでおしゃべりで、娘のスカーレットは落ち着いた感じのする大人の女性だった。その他の経理部の面々も能力は高いが個性的な者が多く、眼鏡を掛けて黙って仕事をするミリアムよりもっと変で手の掛かる問題児が多いのだ、とフランクは朗らかに言っていた。


 ……そうして一年ほど経ったある日、ミリアムは風の噂で、スコットとシャーロットが結婚したという話を聞いた。もう吹っ切れたはずなのに思わず涙を流してしまい、一緒に歩いていたスカーレットを心配させてしまった。


 そうしてミリアムは彼女に連れて行かれた部長室で、フランクとスカーレットに対して自分の能力について打ち明けた。


 二人は黙ってミリアムの話を聞き――フランクは、「眼鏡を外して、私の目を見なさい」と命じてきた。


 こわごわ眼鏡を外したミリアムがフランクの目を見ると、彼の副音声が聞こえてきた。


『君は非常に優秀で、いわゆる利用価値がある。私は、利用価値のない人間を経理部に置いておくつもりはない。どんな変わり者でも、才能があれば経理部に置く。私は君に価値があると思ったから、ここに置いている』


 それは、ともすればあけすけすぎて失礼な本音だ。だが、それがフランクにとっての偽りのない本音なのだと彼は伝えていた。


 続いてスカーレットも、自分を見ろと言った。

 いつも凜と背筋を伸ばすスカーレットが、ミリアムを見て何を言うのだろうか……とドキドキしていたら、副音声が聞こえてきた。


『ここだけの話だけれど。……実は私は今日、左の眉毛だけ描くのを忘れている』


 どうでもいい暴露ネタだった。

 それなのに……ミリアムは、笑ってしまった。


 あえて黒い腹の内を明かしてくれたフランクと、クールな見た目からは想像もできないお茶目な面を見せてくれたスカーレット。


 二人のおかげで、ミリアムはスコットに婚約破棄されて以降初めて、心から笑うことができた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ちょっと…スカーレットいい女すぎませんこと!? なにその出来る女のちょっとお茶目な部分!! しかもそれを晒していくスタイル! こんなん元気でらァ……ッ!
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