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15 届いた声の行方②

 ジェレマイアはいったん席を立ち、廊下の方に行ってから「あの絵を持ってきてくれ」と誰かに命じた。

 しばらくして戻ってきた彼は、小さめのキャンバスを手にしていた。


「これ、すれ違った女性の顔を絶対に忘れるまいと、すぐに描いたんです」

「……わぁ」


 ひっくり返されたそれを見て……ミリアムは思わず声を上げてしまった。


 そこには、若い頃の自分にそっくりの顔が描かれていた。

 仕事中はまとめていることが多い赤い髪を軽く結うだけで背中に垂らしているのも、十代の頃の趣味だ。


(というか、すごく上手だわ!)


「これ、ジェレマイアが描いたのですか?」

「ええ。これでも俺、絵は得意な方なんです」


 ふふんと笑ってから、ジェレマイアはテーブルに立てかけた十六歳のミリアムの肖像画をしげしげと見つめた。


「……赤い髪の女性、ってのも珍しくないですからね。俺なりに探したつもりだったんですが……まさか八年も経ってから仕事中に再会できるとは思っていませんでした」

「……」

「どうしてエメラインの声にならない声が分かったのか、疑問でした。でも、あなたはいろいろ抱えているようだし……もしかしたら人違いかもしれないと思って、黙っていました。……でも」

「でも?」

「……あなたが妹の恩人で……そして、俺が好きになった人で、本当によかったです」


 肖像画から本人の方に目を向けたジェレマイアが、心から嬉しそうに笑って言った。


「本当は、あなたが妹の恩人であると分かったらお礼だけ言うつもりでした。でも……俺はあなたが見せてくれる横顔に、惚れてしまった。妹の恩人っていうだけじゃない、ミリアムさんっていう人に惹かれてしまったんです」

「ジェレマイア……」

「ってことで……ってのはちょっと卑怯な気もしますけど。改めて俺は、ミリアムさんと交際したいと思っています」


 情熱的に見つめてくるブルーグレイの目に、ミリアムは苦笑を返す。


「……さっきも言ったように、私は厄介な能力持ちです。眼鏡を掛けていないとろくに人付き合いもできないし……あなたにもこの力が通用してしまうようだから、隠し事なども全て筒抜けになってしまいますよ」

「うーん……それについては別に、俺にとって不都合はないですよ。あなたに見られて困る心の声なんてないですし」

「そ、そうなのですか?」

「ええ! それに……」


 そこでジェレマイアは言葉を切ってうつむいてから、顔を上げた。


「ミリアムさん。眼鏡、取ってくれませんか?」

「え、でも……」

「いいんです。取って……俺の目を見てください」


 力強く言われたため、ミリアムはおずおずと眼鏡を外して……いつもよりずっと時間を掛けてつるを畳み、テーブルに置いた。


(……ジェレマイアの顔を見るのが、怖い)


 顔を、上げられない。


 彼にもこの能力が適用されると分かったからには、ミリアムはジェレマイアの思っていることを全て読み取ってしまう。

 彼は「見られて困る心の声なんてない」と言っていたが、誰にだって隠したいことの一つや二つ、存在するはず。それらをも、ミリアムはあけすけに暴いてしまうのだ。


「ミリアムさん。可愛い顔を、見せてください」

「っ、もう、そうやって、あなたは――!」


 からかうような声につられて、顔を上げて――静かに微笑むジェレマイアのブルーグレイの目と、視線が絡まった。


(あっ……)


「ミリアムさん」

『可愛いですよ』

「っ……ええっ!?」


 ジェレマイアの声と副音声が同時に聞こえたため、ミリアムは軽くのけぞってしまう。


「どうかしましたか?」

『あ、ちゃんと聞こえているんですね』

「あ、あの、ジェレマイ――」

「俺のことは、ジェイって呼んでほしいですねぇ」

『顔を真っ赤にしてるミリアムさん、むちゃくちゃ可愛い。食べちゃいたいかも』

「食べないでくださいね!?」


 つい声を上げてしまうと、ジェレマイアはははっと笑った。


「よし、コツを掴みましたよ! ……つまりこうすれば俺は、人前で真面目な会話をしつつも心の中ではミリアムさんに愛の言葉をささやけるんですね。すごい便利な能力じゃないですか!」

「そういう風に使わないで!」


 慌てて眼鏡を掛け、ミリアムはひっくり返った声を上げた。


 実の声と副音声をほぼ同時に出すのはスカーレットもよくやるが、彼女も慣れるまでしばらく時間が掛かっていたし、たまに本音と建前が混ざっていることがある。わざとのときも多いが普通に間違えることもあるようで、「結構難しいね」と苦笑していた。


(ジェレマイアは自分のことを馬鹿って言っていたけれど……全然そんなことないわ! ものすごく器用だし、口もよく回るし……!)


 ぽっぽと熱を放つ頬を両手で押さえて唸っていると、「ミリアムさん」と柔らかい声が掛けられた。


「俺、ミリアムさんの話をたくさん聞きたい。これまでどんな人生を歩んできたのか、どんな気持ちでその能力を使ってきたのか……いろいろと、知りたいんです」

「……聞いても面白い内容ではないですよ?」

「好きな人のことだから、できるだけ知りたいんです。あなたの傷をえぐることは、したくない。でも……もしあなたがこれまで声に出せなかったこととか、ぶつけられなかった感情とかがあるのなら……それを俺が受け止めて、一緒に未来を考える役目に就きたいんです」


 顔を上げると、穏やかに微笑むジェレマイアが。


(……ああ、もう、だめだわ)


 ストン、と胸の奥に落ち着いてしまう――「この人のことが好き」という感情に、ミリアムは困らされてしまった。


 なんだかんだ自分や周りに言い訳をしておきながら……ミリアムだってずっと、探していたのだ。自分の能力ごと受け入れ、一緒に手を取って笑顔で歩いてくれる人のことを。


 自分はこの、春の日差しのように暖かで優しい、まっすぐな人のことを――好きになったのだ。


「……ありがとうございます、ジェレマイア――いえ、ジェイ」

「……えっ」


 わずかに動揺した様子のジェレマイアに微笑みかけ、ミリアムは口を開いた。


 ――呪いのような能力に縛られ、泣かされ、後ろを向くのは、もうやめた。

 勇気を出して、踏み出したい。


「……私も、あなたのことが好きです」


 ミリアムの手を引っ張ってくれる、この人と一緒に。












「……そういえば、気になっていたのだけれど」

「んー? 何がですか?」

「私はずっと、あなたの心の声が聞こえなかったの。それなのにあのパーティーで初めて、声が聞こえるようになったのはどうしてなのかと思って……」

「……うーん。それについては俺も考えていたんですけど」

「ええ」

「ミリアムさんの能力は、直接目を見た相手の心の声を読み取る、ってのですよね?」

「そう……だと思う」

「俺、あなたが眼鏡を掛けている姿もクールで好きなんですが、外して見せてくれた素顔はもっともっと好きなんです。だから、あなたの目を見たらすっごく緊張してきて、頭の中が真っ白になって、思ったことをただ言うだけになっちゃうんです」

「……つまり?」

「俺の心の声が聞こえなかったのは……俺が単純な馬鹿だからですね! あはは!」


 ジェレマイアは朗らかに笑って、ようやく手に入れた恋人を腕の中に閉じ込めたのだった。

本編はこれで完結です!

番外編をあと2話更新します

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― 新着の感想 ―
[良い点] 直球かつ可愛らしいオチで好きです
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