ただし⑧
二人の表情を見た国王陛下が、深い溜め息をついて先に口を開いた。
「レナルド殿下は、本日、バール国王の名代としていらっしゃっているのだ」
そうですわよね。膝をつき頭を下げた国王陛下の態度で、そうだと気づいた人間が大半でしたけれど。
目を白黒させているファビアン殿下は、ようやく気づいたらしいけれど。
「わ、私は、この女の悪事を明らかにしただけではないか……なぜ、処分されなければならないのだ」
「そ、そうよ……」
呆然と呟くファビアン殿下とノエリア様は、全然理解などしていないのね。
……流石、だわ。それならば、これでどうかしら?
「ファビアン殿下は、皇太子としての自覚に欠けているから、そんなことをおっしゃるのですわ。今、殿下はバール国王の名代を侮辱して、我が国の立場を危うくしているのですわ」
あの言葉はないわ。冷静沈着なレナルド殿下ではなくて、気の短い王子であったとしたら、激昂して決闘を告げるかもしれないのに。
「クリスティアーヌ! 一体何を言い出すんだ! わ、私がそんなことをするわけがないだろう!」
「そうよ! 将来国王になろうとするファビアン殿下が、そんなことするわけないわ」
「本当に考えなしですのね。ノエリア様共々」
私が溜め息をついて見せると、ファビアン殿下が顔を真っ赤にして口をわななかせる。ノエリア様が悔しそうに顔をゆがめる。……あらノエリア様、本性が出てきてしまっていてよ?
「ファビアン殿下が侮辱したと言うのなら、レナルド殿下の求婚を断ったクリスティアーヌ様もバール国王を侮辱したことになるわ!」
そう言ったノエリア様は、ふふん、と私に挑戦的な視線を向ける。
……それは、違うと思うけれど……。
「クリスティアーヌ嬢への求婚は、私個人がしたもので、命令したわけではなく、請うただけだ。それに、私が侮辱されたわけではなくて、クリスティアーヌ嬢は、自分の立場を告げただけだからね。でも、ファビアン殿下の言葉は、明らかに私を侮辱した言葉だ。それに、名代としてここに立っているわけだから、我が国への無礼と考えられるね」
レナルド殿下の見解に、ノエリア様の顔が青くなる。
「でも、そうか。名代としてバール国王の名前を出せば、クリスティアーヌ嬢は断れなくなるんだろうね」
レナルド殿下が私を見て、楽しそうに微笑む。バール国王の命令になると困るわ……。
私が困った顔をしたのに、レナルド殿下が肩をすくめるのを見てホッとする。
レナルド殿下が私をからかうときの仕草だわ。とりあえず、冗談みたいね。
でも、レナルド殿下の言葉に、ノエリア様は悔しそうに唇を噛む。
「レナルド殿下、数々のご無礼、申し訳ありません。ファビアンたちの処分は、私に任せていただいてもよろしいでしょうか?」
頭を下げる国王陛下に、レナルド殿下が少し考え込んだ後、私を見た。
「それ相応の処分があれば、私もことを荒立てたくはないのだけれど、クリスティアーヌ嬢は、それでいいのかな?」
もしかして、私に委ねられているのかしら?
……それならば、とことん処分してもらいましょう!
だって、このままだと、この国がなくなってしまうかもしれないもの。
「な、なぜ、そんな女に伺いを立てるのです! レナルド殿!」
「ファビアン! 止めないか!」
憤慨するファビアン殿下を、国王陛下が慌ててたしなめる。レナルド殿下は、ファビアン殿下を冷たく見据える。
「私は、クリスティアーヌ嬢に尋ねているのです。黙ることが難しければ、私が今処分を決めてもいい。ただ、私を愚弄し、私の愛するクリスティアーヌ嬢を侮辱する発言の数々に対する処分は、とても軽くはないと思いますがね」
レナルド殿下の威圧に、ファビアン殿下が青ざめてうつむいた。
……そこまで言われなければわからないなんて……本当に……。
私は出てきそうになる大きなため息を呑み込むと、レナルド殿下から国王陛下に顔を向けた。
「国王陛下に、お伝えしたいことがありますの。よろしいかしら?」
今まで、思っていても実行に移せなかったけれど、今日のことで皇太子のお守りに、ほとほと嫌気がさしたわ。折角だから、パール国王の名代であるレナルド様がいる前で、はっきりと処分してもらいますわ!
「クリスティアーヌ嬢、何だ?」
表情を陰らせる国王陛下に、私は微笑む。
「長年、ファビアン殿下の妃となるために、ファビアン殿下を拝見してきましたけれど、ファビアン殿下は、次期国王の器としてふさわしくないですわ。ですから、私は、ファビアン殿下の廃嫡を希望いたしますわ」
会場がどよめく。いつの間にか貴族たちも集まっていて、その声は大きい。国王陛下は言葉を失っている。
慌てふためくノエリア様とファビアン殿下の取り巻きたちに比べ、ファビアン殿下は怪訝な表情で私を見ているだけだった。
……まさか、私がこんなことを言い出すとは、思ってもみなかったのかしら?
「はい……ちゃく?」
思わず、と言った感じでつぶやいたファビアン殿下の声がかすれている。
「ええ。ファビアン殿下。廃嫡ですわ」
ファビアン殿下が視線を揺らしている。あまりの内容に、ショックを受けているのかしら?
……今の身分がはく奪されてしまうわけですものね。今までの、甘えまくりの許されまくりの状況が、きっと一変してしまうから……ファビアン殿下には耐えられるかしら?
「はいちゃく……とは、どういうことだ?」
……そう。そこからなのね。
いいわ! 私の悪役令嬢っぷり、とくと見せて差し上げるわ!