ただし⑦
「レナルド殿下、クリスティアーヌ様の表の姿に惑わされてはいけませんわ!」
青い顔をしたまま、ノエリア様が、また叫んだ。
戸惑った表情のファビアン殿下も、慌てたようにうなずいた。
「レナルド殿、クリスティアーヌ嬢に騙されてはいけません!」
私の前で足を止めたレナルド殿下が、肩をすくめた。
「ファビアン殿、あなたこそ、そのノエリア嬢に騙されてはいけないと思うが」
「いくらレナルド殿とはいえ、ノエリアを侮辱するなど!」
顔を赤くして、それでも一応怒りのトーンを抑えたファビアン殿下に、レナルド殿下が呆れたように肩をすくめた。
「ファビアン殿が誰を信じようが構わないが、クリスティアーヌ嬢との婚約を破棄すると言った言葉に、嘘はないのかな?」
話題を変えられたことに一瞬むっとしたファビアン殿下は、それでもすぐにうなずいた。
「嘘などありえない! 私はクリスティアーヌ嬢との婚約を破棄し、クリスティアーヌ嬢を国外追放することを宣言する!」
レナルド殿下は頷くと、私の左手を取り、私の前に跪いた。会場が騒然となる。
「クリスティアーヌ ゠ ドゥメルグ嬢、私、レナルド ゠ バールの妻となってほしい」
私を見上げるレナルド殿下の強い視線に、私は息をのむ。
「どうして、クリスティアーヌ様なの! 私の方がレナルド殿下にふさわしいわ!」
何かよくわからないことを叫んでいるノエリア様の声に、ようやく私は我に返る。
「あの……」
バール王国に留学中、レナルド殿下が素晴らしい方だと十分に理解していたし、惹かれる気持ちがあったのは、間違いないけれど……。
この国で私に求められている姿を考えると、簡単に頷くことなどできそうにもなかった。
たとえ、婚約者であるファビアン殿下に婚約破棄と国外追放を宣言されていても。
例えそんなことを言われても、祖国が滅びていくかもしれない姿は見たくはないもの。
「クリスティアーヌ嬢、いや、クリスティアーヌ。私では、ダメかな?」
不安そうなレナルド殿下の表情など、初めて見ますわ。
私は目を伏せる。
「レナルド殿下は素晴らしい殿方ですわ。……ですが、私はこの国が滅びていかないよう、力を尽くしたいのです」
私は、この国に生まれた貴族として、公爵家令嬢として生まれた者として、役割を果たさなければ。
例え、私の想いが成就しなくても。
一個人のことを優先していては、ファビアン殿下と同じになってしまうもの。
私の決意を読み取っているのか、レナルド殿下は困ったように笑う。
「何を言っているんだ! クリスティアーヌ嬢、いや、この女はもう我が国の人間ではない! こんな女に求婚する……」
「ファビアン、待て!」
ファビアン殿下の声を遮る低い声が、会場に響く。
体格の良い体を揺らしながら走りこんでくる国王陛下の姿に、会場がざわめく。
「父上、なぜ止めるのです! 私は、レナルド殿下に忠告をしているのです!」
「待て!」
「こんな女に求婚するなんて、バカだ、頭がおかしいと、言っているだけではありませんか!」
「待てー!!! 言うなと言っただろう!」
はーはー、と息を切らす国王陛下が、崩れ落ちる。
……ファビアン殿下は、皇太子である自分が、バール王国の第二王子であるレナルド殿下よりも上だと思っていると思っていたけど……ここまで救いようがない発言をするとは、想像以上だったわ。
国王陛下の後ろから追いかけて来ていた大臣たちが、国王陛下を支え立ち上がらせる。
「父上! なぜ、言ってはダメなのです!? 本当のことです!」
顔をしかめて首を横に振るファビアン殿下を見るために顔を上げた国王陛下の顔は、真っ青だった。
「……大変申し訳ありません。レナルド殿下」
膝をつき頭を下げる国王陛下に、皆が息をのむ。当然、私もだ。何も感じていない様子なのは、ファビアン殿下と、ノエリア様、そして、ファビアン殿下の取り巻きたちくらいのものだ。
レナルド殿下は私から手を離して立ち上がると、国王陛下に体を向けた。
「ゼビア国王。跪く必要はありません」
淡々としたレナルド殿下の声に、国王陛下がゆっくりと立ち上がる。
「ファビアンの処分は、私に任せていただけないでしょうか」
国王陛下の言葉に、会場がざわめく。
目を見開いたファビアン殿下とノエリア様が、状況がわからない様子で、キョロキョロと会場を見回す。
だけど、ファビアン殿下に示された言葉を否定する人間など、誰もいなかった。ファビアン殿下の取り巻きは慌てていたけれど、流石に口を開く勇気がある者は居なさそうだった。
「どうしてファビアン殿下が処分されなければならないのです!」
場を読まず叫んだのは、ノエリア様だった。
……レナルド殿下は素晴らしい方だから大丈夫だと思うけれど、これ以上状況が悪化すると不味いわ。……悪役令嬢を続けて状況を打開しましょう!
「嫌だわ、ノエリア様。流石、1年前まで庶子だっただけはあるわね。レナルド殿下の立場を、理解されていないのね」
私の言葉に、ノエリア様が顔を真っ赤にして、ファビアン殿下に駆け寄ってしがみつく。
私に視線を向けたレナルド殿下は、私のことを叱った後のように苦笑をしていた。
「ほ、ほら、レナルド殿、これがこの女の、本当の姿だ!」
「ファビアン、ノエリア嬢、口を慎め!」
国王陛下が、凄みのある声でファビアン殿下を一喝した。
口をパクパクしたファビアン殿下は、ぶすりと口を閉じた。……本当に、皇太子としての自覚があるのかしら。
……ないから、こんな風になってしまったんだったわ。
ノエリア様も、流石に国王陛下にしゃべるなと言われれば、口を閉ざすようだった。もちろん、納得のいかない表情をしているけれど。