ただし⑤
「学院長は一計を案じただけですわ。このつまらないパーティーの後、いつものように儀式は行われる予定でしてよ」
「な、そんなわけが!」
ファビアン殿下が目をむく。
「いいえ、ファビアン殿下。私は国王陛下から、そう聞いておりますわ」
「クリスティアーヌ嬢が、国王陛下に悪い知恵を与えているのですわ!」
えーっと、ノエリア様、本気なのかしら?
「それは、国王陛下の言葉が信じられないということなのかしら?」
私が首をかしげると、ノエリア様はハッとした表情になって、首を横に振った。さすがに、まずいとは気づいたらしいわ。
「クリスティアーヌ様の悪事を明らかにしているだけですわ!」
「では、国王陛下に確認をしてはどうでしょうか?」
私が肩をすくめると、ノエリア様がまた、ワッとファビアン殿下に泣きつく。ファビアン殿下がこぶしを握ったまま、体をプルプルと震わせる。
ファビアン殿下に怒られても、何も困りはしないけれど。
「それで、ファビアン殿下の良いところだという“頭の良さ”は否定されたように思いますけれど、他に、どんないいところがありますの?」
ニコリと笑いかけると、我に返ったノエリア様が口をわななかせる。
「ファビアン殿下に執着していらっしゃるクリスティーナ様だって、理解されているでしょう? ファビアン殿下のお姿のすばらしさを!」
なるほど。次は“お姿”をほめていらっしゃるわけね?
私はじっと冷静な目で、ファビアン殿下を見つめる。
怒りの表情のファビアン殿下は、無表情でじっと見つめる私に、怪訝な表情を浮かべる。
「私に見惚れているのか。クリスティアーヌ嬢に見つめられるのも忌々しいわ!」
「いいえ。どこが素晴らしいお姿なのか、しっかりと分析をしようとしてみただけですわ。ですが、素晴らしいお姿の方を他に知っておりますので、その方と比べると、どこも勝ってはいらっしゃらないようですわ」
私の淡々とした物言いに、ファビアン殿下の表情は怒りの表情に戻る。
「わ、私を誰と比べているのだ!」
「レナルド ゠ バール殿下ですわ」
ああ、と会場から同意の声が漏れている。
レナルド様は、バール王国の第二王子で、バール王国内だけではなく、諸国でも美男子と名高い方。私も、バール王国で間近で見ていたけれど、本当に美しい方。薔薇の君という二つ名があるほど。
……そもそも、他の面でもファビアン殿下と比べてはいけないと思うけれど。
忌々しそうな表情になったファビアン殿下は、さも気にしないと言うように鼻を鳴らした。
どうやら、ファビアン殿下は、皇太子である自分とバール王国の第二王子のレナルド殿下が比べられることが気に食わない様子だわ。……レナルド殿下が自分より下だと思っている時点で、ファビアン殿下のうぬぼれがわかるってものだわ。
バール王国の王子殿下と比較することすら、おこがましいことなのに。
「レナルド殿と比べられたら、誰でも負けるだろうな!」
「そうでしょうね。でも、ファビアン殿下は、ご自分でご自分のお姿を冷静に見つめることができておられないようにも思いますわ。もちろん、ノエリア様も」
「どういう意味かしら! ファビアン殿下のお姿は、本当に素晴らしく素敵だわ!」
即座に否定してうっとりとファビアン殿下を見つめるノエリア様に、ファビアン殿下は大きくうなずいた。そして、私を睨みつける。
「私に執着しているのを隠すために、そんなことを言い出しただけだろう!」
……あら、そういえば私、否定するのを忘れていたかしら?
「ファビアン殿下、申し訳ありませんが、私、ファビアン殿下に執着はありませんの。そもそも、そのお姿が、好みではなくて」
私が微笑むと、ファビアン殿下が目を見開いた。ノエリア様も、信じられないと言いたそうに、私を精いっぱい見開いた目で見つめている。
「う、嘘でしょう! 執着しているのを隠すために、そんなことを言い出しただけでしょう!」
あら、デジャヴかしら? さっきも聞いたような気がするわ。先ほどは、ファビアン殿下だったけれど。
「嘘ではありませんわ。ファビアン殿下のお姿を見て、苦手だと思ったことはあれ、素敵だと思ったことはありませんのよ」
だから、婚約したくなかったのに、断ることもできなかったのよ。
「こ、こんな素晴らしいファビアン殿下のお姿が苦手だなんて、嘘よ! 嘘に決まっているわ!」
「ノエリア様は、本気でそう思っていらっしゃるんでしょうね。人の好みはそれぞれだもの。否定はしないわ」
「私のどこが苦手だと言うんだ!」
「その厚ぼったい唇が……なんだか気持ち悪くて。口づけなど、絶対したくありませんわ! それに、やけに大きいその目も、何だか気持ち悪くて! カエルのようではありませんか?」
私が力説すると、どこからか、ぷ、と吹き出す声がしたような気がした。きっと、同じことを思っていた方はいたんだわ。本来なら口に出す予定はなかったものですし、我慢するしかなかったものだけど、今は悪役令嬢ですもの!
当然、ファビアン殿下の顔は真っ赤になって、怒りをあらわにしている。
「そ、それならば、最初から婚約をしなければよかったではありませんか!」
ノエリア様が慌てたようにそう叫ぶ。それができれば、したかったわ。
「国民のためだと言われたら、拒否して逃げるわけにもいきませんわ」
「何が国民のためだ! なぜ私がクリスティアーヌ嬢と結婚するのが、国民のためなのだ?!」
そうですわね。ファビアン殿下にはわからないですわね。それは、期待してなかったから、大丈夫ですわ。
「ファビアン殿下の尻ぬぐいができて、うまくコントロールできる人間がお妃にならないと、この国が滅んでしまうからですわ。筆頭貴族の一員として、国民を路頭に迷わせるわけにはいきませんもの。ですから、公爵令嬢としての義務として、ファビアン殿下との婚約を受けたのです」
ファビアン殿下しか、国王陛下の子供はいないから。
ファビアン殿下が、ある意味のうのうとしていられたのは、国王陛下の子がファビアン殿下一人しかいなかったからだ。王妃殿下は、ファビアン殿下を産んだ時に儚くなられていて、王妃殿下を愛されていた国王陛下は、今まで他に妃をとろうとはしなかった。だから、次の国王はファビアン殿下以外はいないと、ファビアン殿下もきっと他の人たちも思っている。
たとえ、行いに尻ぬぐいが必要な人間だとしても。
だから、執着なんてあるはずないですわ。
だから、悪役令嬢の役割だって、喜んでできるんですわ!