そして
「父上、ゼビア王立学院の卒業式へ、私を行かせてもらえないでしょうか?」
机の前に立つレナルドの言葉に、私は、書類から顔を上げて肩をすくめる。
「レナルド、クリスティアーヌ嬢も、その卒業式には出るのだろう?」
レナルドが軽く目を見開いた。レナルドの気持ちがどこにあるのかなど、既にお見通しだ。
「はい。ですが、個人的な感情だけで行きたいと言っているわけではありません」
「ほお。では、どういう意味で、行きたいと言っているんだ?」
私はレナルドの父という立場ではなく、バール国王としての立場で尋ねる。
「我が国を守るためです。カッセル王国が、ゼビア王国に仕掛けてきているらしいことは、父上もご存じのはず。このままでは、ゼビア王国がカッセル王国に攻略されてしまうやもしれません。隣国であるゼビア王国を攻略すれば、カッセル王国はそう遠くないうちに、我が国へ攻撃を仕掛けてくるでしょう。ですが、戦いになれば、我が国の国民たちが疲弊することになります。ゼビア王国の平和を維持することで、我が国の平和も維持することにつながります。王立学院の卒業式は、すべての貴族が集まると聞いています。ゼビア王国の貴族たちが、カッセル王国とのことをどう考えているのか、知るいい機会だと思います。ですから、将来のゼビア王国を予測するために、ぜひ一度王立学院の卒業式へ参加したいのです。いずれ、この国の騎士団を率いる立場として」
納得の行く答えに、私は頷く。
「そうだな。それはいい心がけだ」
ホッとレナルドが小さく息を吐く。私は頬杖をついた。
「何なら、いっそクリスティアーヌ嬢も奪ってくるがいい」
私が笑うと、レナルドは首を横に振る。
「そのことは、関係ないと」
「だが、ファビアン殿は、つまらぬ令嬢に骨抜きになっているのだろう? ファビアン殿が見向きもしないクリスティアーヌ嬢を奪ったところで、ゼビア王国との軋轢にはならぬだろう?」
レナルドがギュッと手を握り締めたのが見えた。
一体どんな葛藤をしているか、わからないわけではないが、王としての言葉だ。
「クリスティアーヌ嬢は、ゼビア王国のために身を粉にして働くつもりでいるのです。その気持ちを、ないがしろにしたくはありません」
「……レナルドは、案外意気地がないな」
私が大袈裟にため息をつくと、レナルドもため息をつき返す。
「意気地のあるなしではありません。常に理性的であれ、と言うのは、父上ではありませんか」
「皇太子にはワルテ殿を据えれば良い。ワルテ殿は、物事をよく見ている。私としても、ファビアン殿が次期国王になるよりも、ワルテ殿が次期国王であるほうが望ましい。意味は、分かるか?」
私の言葉に、レナルドが頷いた。
これが、今考えられる一番最良の策だ。
あの皇太子では、ゼビア王国は遅かれ早かれ滅ぶしかない。
口を開けば失言だらけ。無知であることを恥ずかしくも思ってもいない。どうしてそんな尊大にいられるのか不思議でしかなかった。
我が息子たちが、ファビアン殿のように愚鈍であったならば、私は早々に王位からは遠く離そうとしていただろう。
そういう意味では、ゼビア王国の国王は、甘すぎる。
「血を流さぬ方法を考えます」
レナルドの答えに、私は頷いた。
「その方が良かろう。その役目を持って、レナルドを私の名代として行かせよう」
レナルドが目を見開いた。まさか、そんな大役を任されるとは思ってもみなかったようだ。
だが、これはレナルドが一番適任だ。
これからのバール王国のためにも。
「ただ」
レナルドが続けた言葉に、私は首をかしげる。
「ただ?」
「それと、クリスティアーヌ嬢を奪うことは、別問題です。クリスティアーヌ嬢の気持ちがないのならば、我が国に連れ帰ってくることはあり得ません」
きっぱりと告げるレナルドに、私はつい大声で笑った。
「レナルドは、やっぱり意気地がないな」
「私の意気地など、どうでもいいのです。クリスティアーヌ嬢にとっての幸せを、願っているのです」
レナルドの言葉は、紳士としては100点満点だろう。
だが、バール王国の王子としては100点とは言えない。せいぜい、50点か。
あの聡明なクリスティアーヌ嬢を我が国の王子妃として迎え入れることができれば、我が国の発展にもプラスになる。
クリスティアーヌ嬢のことは、皇太子も皇太子妃も気に入っているから、軋轢が起こるようなこともないのはわかっている。むしろ、クリスティアーヌ嬢に同情的で、この案を最初に出したのは皇太子夫妻だったくらいだから。
それに、ワルテ殿はクリスティアーヌ嬢を尊敬している。だから、クリスティアーヌ嬢が我が国にいる限り、ゼビア王国は我が国に逆らうようなことは絶対にないだろう。
クリスティアーヌ嬢とレナルドが結婚するだけで、我が国にはいいことしかない。
ファビアン殿下を廃嫡し、レナルドがクリスティアーヌ嬢を口説き落とせたら、ようやく私の打った策は、完成するのだ。
カッセル国王は、私が冗談のように告げた言葉を、自分の理になるように動いたまでのこと。
だが、それも私の掌の上だったとは、まさか思うまい。
私はバール王国の国王だ。
そして、私亡き後も、バール王国は、安泰だと安心したいのだ。
完
楽しんでいただければ幸いです。
次の話でラストとなります。




