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ならば⑥

「クリスティアーヌ嬢、言うことに事欠いて何を言い出すんだ!」


 ファビアン殿下が叫ぶ。

 でも、クリスティアーヌ様は首を横に振った。当然よね。本当のことだもの。だけど、今は真実は必要ないもの。


「ファビアン殿下、私、ノエリア様にお会いするのは初めてですのよ」

「嘘ですわ! 私、クリスティアーヌ様に、いじめられていましたもの!」


 私はとっさに、ファビアン殿下に向かってすがるように告げた。


「ノエリア、わかっている。これは、クリスティアーヌ嬢が自分の非を認めないための嘘だ」


 私をなだめるように、ファビアン殿下が声を重ねてくれる。その、訳知り顔のファビアン殿下自身が私に完全に騙されるなんて、本当に滑稽だわ。


「あら、では、私とどこで会ったのか、教えてくださるかしら?」

 

 クリスティアーヌ様が私に向かって微笑んでくるから、私はファビアン殿下にしがみついて泣き出してみせた。


「あら、いやですわ。でも、私がノエリア様に会ったことがあるのなら、教えてほしいの。だって、私がノエリア様のうわさを耳にしたことはあっても、姿を見たのは、本当にこの会場が初めてなんですもの」


 そうでしょうね。クリスティアーヌ様。私だって、クリスティアーヌ様の姿を見たのは初めてですもの。


「しらじらしい! クリスティアーヌ嬢、公爵家令嬢としての矜持があるのならば、ノエリアに謝ったらどうだ!」


 ファビアン殿下が憤慨している。

 

「私、1年ぶりに学院に顔を出したんですけれど、どうやってノエリア様とお会いできるのかしら?」

「1年ぶり?! 何を言っているんだ!」


 クリスティアーヌ様が予想以上に冷静だわ。本当に、噂の通り、聡明な方だったのね。この学院にいた学院生たちは簡単に騙せたから、クリスティアーヌ様の攻略も簡単にできるかと油断していたわ。言い負かされないように頑張らなければ。


「私、バール王国に留学しておりましたのよ? お忘れになって? 国王陛下から直々に、隣国の言葉を実地で学ぶようにと言われて、1年間、しっかりと勉強してきたのですけれど。隣国の学院に通うことにはなりますが、我が国の学院も卒業できる手はずになっていますのよ?」


 会場がざわめく。


「う、うそよ!」


 私は泣きながら叫ぶ。

 クリスティアーヌ様の言葉にハッとしたファビアン殿下は、でも首を横に振ってくれた。まだ、大丈夫。


「留学して、我が国に全くいないふりをして、隠れてノエリアをいじめていたのだろう!?」


 クリスティアーヌ様が小さくため息をつくと、会場を見回した。


「この1年、私の姿を学院で見かけた方はいらっしゃって?」


 クリスティアーヌ様の視線に目をそらす人はいたけれど、手を挙げる人は誰もいなかった。……失敗したわ。ファビアン殿下だけではなくて、他の殿方の気も引いておけばよかったわ。そうしたら、私の味方がもっと増えたはずなのに。

 クリスティアーヌ様という敵が目の前にいなくて、ことが簡単に進んでいたから、つい油断してしまっていたわ。

 クリスティアーヌ様が視線をファビアン殿下に戻す。

 私は不安そうに見える表情でファビアン殿下を見上げた。ファビアン殿下は、なだめるように小さく首を横に振った。

 まだ大丈夫。ファビアン殿下は私を信じ切っているわ。


「ファビアン殿下、私の姿を誰も見てはいないようですわ」


 クリスティアーヌ様の言葉に、ファビアン殿下が口を開いた。


「そ、そもそも、なぜわざわざクリスティアーヌ嬢が隣国の言葉を学びに行く必要があるのだ! それ自体が嘘だろう!」


 そういえばそうね。どうしてなのかしら?


「ファビアン殿下がバール王国の言葉を完璧に使いこなせるようになっていれば、私がバール王国に留学する必要などなかったんですけれど。ファビアン殿下が幼いころからバール王国の言葉を習っていても、一向に身に着ける様子がないのを心配された陛下が、私がファビアン殿下の力になるよう、バール王国の言葉をしっかりと身に着けるように留学の手配をされたのです」


 ファビアン殿下が顔を赤くする。そうなのね。ファビアン殿下は自分には国王の器があるから勉強など今更必要ないと勉強する姿など、この一年全く見なかったものね。その代わりに、クリスティアーヌ様が頑張っておられたのね……。

 でも、もう頑張らなくてもよいのよ? クリスティアーヌ様も、もうファビアン殿下を見限ればいいのに。


「私を侮辱するのか!」


 怒りだしたファビアン殿下に心の中で呆れつつ、私はファビアン殿下の胸の中で首を横に振る。


「ファビアン殿下を侮辱するなんて、ひどいですわ!」


 甘えながら、ファビアン殿下を擁護。これ、完璧。


「侮辱したわけではありませんわ。事実を述べただけですの」

 

 それでも冷静なクリスティアーヌ様に、私は顔を向けた。


「ファビアン殿下は、バール王国の言葉をきちんと扱えますわ! 私、ファビアン殿下からバール王国の言葉で愛の言葉をささやかれましたもの!」


 私が叫んだ内容に、クリスティアーヌ様が肩をすくめた。

 ファビアン殿下は満足そうにうなずいているけど、そんな事実はなかったのよ。それも覚えていないのかしら?


「愛の言葉だけでは、バール王国との交渉はできませんわ。ノエリア様」

「私が愛されているからって、嫉妬して意地悪を言うなんて!」


 またファビアン殿下の胸に顔をうずめる。


「私は、バール王国の交渉には、バール王国の言葉を習得する必要があると言っているのです」

「バール王国との交渉に、どうしてバール王国の言葉を使わなければならないの?! 我が国の言葉でやり取りすればいいだけの話ではないかしら!」


 私は振り向いて叫ぶ。クリスティアーヌ様が驚いて目を見開いている。詭弁ならば任せてちょうだい!


「ノエリア様、バール王国の国力が、我が国の10倍はあると、理解されていますか? バール王国に攻め入られたら、我が国はおしまいですのよ? 交渉を行うのも、国王の務め。それを補佐することが、王妃に求められているのです。ですから、語学に弱いファビアン殿下に代わり、私が語学を習得することになったのです」


 クリスティアーヌ様の言葉に、咄嗟に言葉が出てこなくて私の唇がわななく。他に切り口を考えなければ!


「私が、ファビアン殿下を支えるのです! もう、クリスティアーヌ様の役目ではなくてよ!」


 クリスティアーヌ様が目を丸くした。


「ノエリア様は、バール王国の言葉が扱えるのですか?」

「ファビアン殿下! こうやってクリスティアーヌ様は、学が足りないと私をいじめていたのです!」


 私はまたファビアン殿下にしがみつく。


「ご挨拶がまだでしたね。初めまして、ノエリア様。私、クリスティアーヌ = ドゥメルグと申します」


 なのに、クリスティアーヌ様は気を取り直して、話を元に戻してしまった。

 あまりにも優雅な微笑みに、ファビアン殿下も私も目を見開いた。

 

 何て、何て手ごわい相手なの!

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