ならば②
連れてこられたお茶会で、初めて姿を現した私に、視線が集まっているのがわかる。
ガンス男爵の庶子。
来学期から、学院に進学することになった才女。
どれだけ、努力をしたと思っているんだろう。
勉強から、細かな所作まで。
令嬢としておかしくないレベルにまで磨き上げてもらった。
……とても、お金を持っていそうにないガンス男爵が、そうやって私に施したお金が、一体どこから湧いてきたのか、私には知る由もない。
「いいか、ノエリア。あそこにいるのが、皇太子のファビアン殿下だ」
ガンス男爵の視線の先には、カエルみたいな顔の男性が立っていた。
……頭が悪くて御しやすいって、底辺貴族に思われている次期国王って何かしら。
しかも、今頭の切れるクリスティアーヌ様がいらっしゃらないから、居ないうちに取り入って、婚約者の立場をもぎ取れ、ですって。
ふふふ。
やってみせますけれど。
だって、私、だから。
「行って参りますわ」
私の言葉に、ガンス男爵が頷く。
「お父様、一つだけうかがってもよろしいかしら?」
「なんだ?」
私の問いかけに、ガンス男爵が怪訝そうな表情になる。
私はガンス男爵に体を寄せる。
「貴族の世界では、体の清らかさが尊ばれるんですの?」
私の小さな問いかけに、ガンス男爵が一瞬目をすがめる。
「ああ。当然だ。だが、最初から許すと、安くみられるぞ」
ガンス男爵の忠告に、私は優雅に微笑んでみせる。
「とても高く売るつもりですから大丈夫ですわ」
あんなカエル男に、私のハジメテを安く売るもんですか!
高く高く高く値を釣り上げてやるわ!
「それは、頼もしい。報告を楽しみにしているよ」
いつもは私に向かって笑いもしないガンス男爵が、機嫌良さそうに笑っている。
馬鹿にしないで。
私は、私なのよ。
◇
皇太子が、席を外した!
チャンスだわ!
なんだかんだ言っても、皇太子。お茶会の最中、常に周りに人がいた。
だから、男爵家の庶子と言う立場の私が、簡単に近づくことはできなかった。
ただ、護衛がいるのをうるさがっていて護衛がついてくるのを良しとしないから、一人になるチャンスがある、とはガンス男爵から教えてもらっている。
きっと、今がそのチャンスよ。
……自分が誰かから狙われるとは思っていないなんて、幸せな思考回路ね。
後ろをついていくと、どうやら庭園を一人で散策するつもりらしい。
人と話すのに飽きたのかしら?
「あの……」
私は皇太子に弱弱しく声をかける。
振り向いた皇太子の顔を見た瞬間、私は自分の感情を殺して目を見開くと、そっと目を伏せた。
「どうかしたか?」
「あ。あの……申し訳ありません。私、道に迷ったみたいですの……」
上目遣いに皇太子を見れば、皇太子がコクリと唾をのむ。
当然よ。どんな表情が、男性に好まれるのか、どれだけ練習したと思っているの?
「知らぬ顔だが、名を何と言う?」
「申し訳ございません。何卒お許しください! ガンス男爵家のノエリアと申します。本当に、申し訳ございません……」
私が小刻みにブルブルと震えてみせると、皇太子が私の腕をつかむ。
「ノエリア嬢、大丈夫か? どうして震えている?」
私は目をつぶって首を横に振った。
「……私のような庶子は、貴族の社会にふさわしくないと、いつもいつも言われてしまうのです……ですから、今回も粗相をしてしまったのではないかと」
ほろり、と涙を流して見せる。
「庶子だからと、いじめられているのか? ……そのようなこと……一体誰が?」
私はハッとした表情をして見せる。
「そ、そんなことはありません。私が……貴族の作法を知らないから、親切に貴族の作法を教えて下さっているのです……」
私は弱弱しく首を振った。
涙を流しながら。
「ノエリア嬢、泣いているではないか。辛いのだろう? その相手には、きちんと忠告をしておこう。相手の名を教えてくれ」
私は皇太子に抱き着くようにして、嫌々と首を横に振る。
「私が我慢をすればいいだけなのです」
皇太子が、私の背中をゆっくりと撫でる。
「ノエリア嬢。だが、こうやってつらい気持ちを吐き出せずにいたのだろう? 気にするな。私はこの国の皇太子だ。生まれながらに貴族として暮らしてきたからと特権意識を持つような人間に価値などない。それに、私はこの国の王になるに辺り、そのような差別をなくしていきたいのだ」
噂に聞いていた通り、皇太子は、変な正義感が強いのね。
自分がその特権の一番上に胡坐をかいているってこと、気づいていないのが、相当滑稽ね。
だから、頭が悪いって言われてしまうのよ。
だから、正義感をくすぐれば、すぐに皇太子が動くって、言われてしまうのよ。
「でも……」
私は涙にぬれた目で、皇太子を見上げた。
前から見ても、下から見ても、カエルはカエルなのね。
「いい。ノエリア嬢の不利になることはしない」
きりっとした顔をしてみても、カエルはカエル。かっこいいとは、少しも思えないわ。
……でも、私は皇太子の婚約者にならなきゃいけないから。
なりさえすれば、私の生活は安泰なの。だから、見た目も中身も、目をつぶることにするわ。
私は目を伏せる。
「……でも、学院に行ったら、嫌でも顔をあわす相手なのです……学院には知り合いもおりませんし、きっと誰も味方になってはくれませんもの……」
「ならば、いつも私のそばにいればよい。ならば、いじめられることもなかろう?」
私はパッと表情を明るくした。
「よろしいのですか? ……でも……」
また顔を曇らせた私の頭を、皇太子が撫でる。
「気にせずとも良い。私は、特権意識の強い貴族をのさばらせる気はない。私がそばにいれば、ノエリア嬢を守れるだろう?」
「ですが、クリスティアーヌ様が……いい顔をされませんわ」
私は激しく首を横に振る。
「クリスティアーヌ嬢がどう関係するのだ?」
……本当に、この皇太子大丈夫かしら? 正義感がすべてだと思っているの?
「殿下の婚約者はクリスティアーヌ様です。私が傍にいたら、もっと不快な気分に……」
あ、と小さく声を漏らすと、そのヒントに、皇太子が反応した。
「ノエリア嬢をいじめているのは、クリスティアーヌ嬢なのか?」
皇太子の冷たい声に、私は心の中でニコリと笑った。




