★番外編⑩★
「ファビアン」
呼ばれた声に、意識が浮上する。だけど、ずっと靄がかかったみたいだ。
「寝ていたんですか」
その聞きおぼえのある声の主を一瞥すると、私は体を隠すように布団の中にもぐりこんだ。
「いつまでそうしているつもりです?」
淡々としたワルテの言葉に、私の体が震える。
「以前の威勢はどこに行ったんですか?」
「お、お前が……ノエリアを殺したんだ! 人殺し!」
平然とノエリアを殺した人間の前で、平気でいられるものか!
「何を言っているのです? ファビアンがその綱を切ったではありませんか。喜び勇んで」
ワルテの言葉に、カッとなる。私は布団をめくりあげると、ワルテに叫ぶ。
「それは! 知らなかったんだ! あれを切ったらどうなるかなんて、知らなかった! でも、お前は知っていたんだろう! 知っていて私にあんなことをさせるなど、正気の沙汰ではない! 人殺し! お前は王の器などない!」
だが、ワルテは表情を崩すこともなく、首を横に振った。
「ファビアン。あの結末は、あなたが学ぶことから逃げ続けていたつけです。そして、甘い言葉に簡単に騙され国を失いそうになるなど、あなたこそ、王の器ではない」
「私は! 学ばなくとも王の器があるのだ!」
私が叫ぶと、ワルテが大きなため息をついた。
「王の器であるかどうかを決めるのは、本人ではありません。この国に住む民だ。そこははき違えてはいけないと思いますよ? それと、無知は罪です。あなたのその罪を具現化した出来事が、ノエリア嬢の処刑です。あなたが直前に気づけば、ノエリア嬢はあなたの手で亡くなることはなかった。違いますか?」
ワルテの言葉に、私は目を見開いた。
「わ、私があの場で、処刑が行われると気付けば、ノエリアは助かったのか!?」
「ファビアン、私は、あなたの手で亡くなることはなかった、と言っただけです。ノエリア嬢が許されることは、ありません」
「どうしてノエリアがあんな目に遭わなければならないのだ! ノエリアは……私の最愛なのだぞ!」
「……まだ頭が冷えないようですね。そうそう、この指輪」
ワルテが柵越しに指輪を入れてくる。大きな赤い石に、私はそれが何か思いだす。
「それは、母上の形見の指輪! ノエリアが最後までつけていたんだな!」
それは、母上の形見で、私がノエリアとの結婚を決めた時に、ノエリアにプレゼントしたものだった。
代々の王妃が使う指輪で、母上が受け継いだ指輪だった。
ベッドから立ち上がると、よろよろと指輪に近づく。
だが、記憶にある指輪と違うのに気づいて、私の眉が寄る。
「これは……」
「それは、ノエリア嬢が、ルロワ城を買い取った商人に売った指輪だそうですよ。細工を変えられて売りに出される寸前に、ドゥメルグ公爵が買い取ってくれたのです。あなたの大切なものでしょう?」
指輪を握った手が、フルフルと震える。
「この指輪を渡した時、ノエリアは一生大事にすると! 母上の形見なのだから、大事にしないといけないと言っていたんだ!」
「思い込むのは自由ですが、それが、真実です。あなたの最愛は、あなたの大切なものを守ってはくれない相手だったようですね」
肩をすくめたワルテは、カツカツと音をさせて去っていく。
姿の変わった指輪を、私は呆然と見つめる。
指輪の金属に刻まれていたはずの文様は、すっかりなくなっていて、植物を模したような流れる細工がされていた。
刻まれていたはずの文様は、我が国を示す文様だった。だから、代々、王妃が大事に使っていた。この国を王と共に守る意思を示すために。
学ぶのは嫌いで逃げ回っていたけれど、幼いころ母上から聞いたこの話だけは忘れられなくて、ノエリアにも話したはずだったのに。
なのに。
赤い石が、ぽたりと濡れた。
完




