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ただし①

 学院の卒業パーティーだからと、私はいつも以上に体を磨かれ、隣国から特別に取り寄せた石のちりばめられた深紅のドレスを身にまとっていた。

 美しく着飾ったその姿は、本来ならば将来の皇太子妃として、羨望のまなざしを向けられるはずだった。


 なのに、私に学院生たちが向けるのは、蔑むような視線だった。


 広い会場に、エスコートしてくれるはずの皇太子殿下から遠く離れ、私はぽつりと壁の花になるしかなかったわ。

 せめて、友人のマリルー ゠ デュビュッフェ侯爵令嬢や、幼馴染のワルテ ゠ ベッソン侯爵令息が一緒にいれば、気もまぎれたのに。でも、今は仕方ないわ。

 そして、壁の花になった私の耳に、ひそひそと私を蔑む言葉が届く。


「ノエリア様をいじめるなんて、最低だわ」

「ファビアン殿下は、とても怒っているって話よ」

「もうクリスティアーヌ様もきっとおしまいね」


 誰かに尋ねなくても、私が置かれている現状は、十分理解できるわ。

 それに、私の婚約者であるファビアン殿下は、この卒業パーティーが始まってからこの方、ノエリア ゠ ガンス男爵令嬢のそばを片時も離れることがないのだから、誰の目にも、現状は明らかだったし。


 ファビアン殿下は婚約者である私ではなく、ノエリア様に夢中なんだと。


 私は、初めて見るノエリア様が楽しそうにファビアン殿下に笑いかけるのを見ながら、皇太子妃になるべく鍛えられた表情筋を叱咤した。

 ノエリア様のドレスは、ガンス男爵家ではあつらえられないような豪華な金糸のドレスで、ノエリア様の空色の瞳を更に輝かせているように見える。きっと、ファビアン様の金色の瞳に合わせて作ったのだろうけれど……。

 本当は、もう表情筋を緩めて、冷たい視線をファビアン殿下に向けたくはあるのだけど、ドゥメルグ公爵令嬢という立場を思って、それはできそうもなかったわ。


 とりあえず、この場から逃げるわけにもいかないし。将来の皇太子妃として、公爵家令嬢として、卒業生として、この責務を果たすしかないのよ。

 たとえ、こんな仕打ちを受けようとも。


 私は感情のなくなった人形になったつもりで、向かい側にある窓の外を見つめていた。窓の外にある薔薇くらいしか、私の気持ちを慰めてくれるものはなさそうだったから。あの人に似た綺麗な薔薇だけが、私の心に少しだけ血を通してくれるような気がするわ。


 だから、声を掛けられるまで、二人が近くに来ていることに気づいていなかったの。


「クリスティアーヌ嬢、話がある」


 ファビアン殿下の声に、私は我に返ると、礼を執った。


「ファビアン殿下、一体どんなお話でしょうか?」


 体を密着するファビアン殿下とノエリア様の姿に、私は心の中で呆れながら微笑んだ。

 ファビアン殿下は、ふん、と忌々しそうに鼻を鳴らす。


「クリスティアーヌ ゠ ドゥメルグ公爵令嬢に告ぐ。ノエリア ゠ ガンス男爵令嬢を蔑みいじめ抜くなど、皇太子妃になる者としての品格が欠落している! よって、私、ファビアン ゠ ゼビナとの婚約は破棄する」


 ファビアン殿下の宣言に、私は唖然となる。


「婚約を、破棄ですか?」


 私はあまりの驚きで、瞬きを繰り返した。

 ファビアン殿下が、本気で言っているとは、にわかに信じ難かったから。

 だけど、ファビアン殿下は、私の反応に怒りの表情を浮かべる。


「しらじらしい! 証拠も挙がっているのだぞ! ノエリアは確かに庶子かもしれぬ。それに、男爵家に引き取られたのが1年前だったせいで、貴族としての作法も十分に身についていないかもしれない。だが、それがいじめる理由などになりはせぬ! それに、私が好意で貴族の作法や勉強を教えているだけであるのに、変に勘ぐってノエリアが私に色目を使っているなどと言いがかりをつけいじめるなど、貴族の風上にも置けぬ!」


 息もつかずに一息で言い切るファビアン殿下の隣で、ノエリア様は私をおびえた目で見ていた。

 そして、言い切ったファビアン殿下は、おびえた表情のノエリア様を見て、また私を睨みつけた。


「見ろ。ノエリアはクリスティアーヌ嬢の視線だけでおびえているではないか!」

「いえ、殿下。私はそんなこと……」

 

 消え入るようなノエリア様の声と、小さくプルプル振られる頭に、ファビアン殿下は愛おしそうに手を添えたわ。


「安心してくれ。私がついているから。私が選ぶのはノエリア、君だよ」


 ファビアン殿下の言葉に、見上げたノエリア様の表情は、うっとりとしていた。


 あ、なるほど、そういうことなのですわね。

 ようやく合点がいくと、私は今まで抑えていた怒りがふつふつと沸きたった。

 怒りのあまり、ギュッと握りしめた掌は、真っ白になっていたわ。


「ファビアン殿下、私、ノエリア様にお会いするのが初めてですの。ご挨拶してもよろしいかしら?」


 私がにっこりと二人を見ると、ファビアン殿下の顔は更に真っ赤になって、ノエリア様が泣き出した。


 嫌だわ。私に悪役令嬢役を望んだのは、お二人でしょうに。

 ただし。

 思い通りにはならないわ。

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