第89話 バスキア・カジノ構想
3834日目。
それは、呑気に大きなカジノを建設している最中のことであった。
「え、今のバスキア領ってそんなことになってるのか!?」
密偵(無理やり寝返らせた連中)から多数の報告を受けた俺は、思わず呑気な感想を口にしてしまった。
というのも、どうやら今のバスキア領は、住民が独立を求めて暴動を起こしているらしい。
どこもかしこも平気の平左衛門なので、一体どこのバスキアで暴動が起きているのか知りたいところだ。多数の署名も集まったのだという。その署名が全然領主の俺に届いていないのだが。
念のため、クソ大司教に問い合わせてみると、なんかよくわからん名前がずらっと書かれた紙がセント・モルト白教会バスキア修道会に送り込まれてきた、というのは聞きつけた。バスキアの戸籍謄本に載っている名前と載っていない名前が適当にちりばめられていて、要するに世にありふれている名前を適当に書きました、って感じらしい。要するにやっつけ仕事であった。筆跡も似通っているし、特定の人物が数人がかりで捏造したものらしい。なお照合は監獄の囚人が一晩で頑張ってくれた。
で、クソ大司教は特に何もしてないのだという。聖職者としてはクソすぎるが政治的にはよい対応だった。これを真面目に市民の嘆願書だとして受理していないということだ。これがもし本当の本当に正当な抗議署名だったら大変なことだが、よもやそんなことはあるまい。クソ大司教もそう判断してのことだという。
「しかし、第二区画で住民が百名ほど集まり、市民の手で政治を、と訴えていたようですよ」
「どうなったんだ?」
「住民たちに鬱陶しがられてスライムけしかけられて捕まってました」
おかしい。色々と突っ込みどころがあって追いつかない。
とりあえず、百人が百人全員が工作員というわけではないだろう。住民を扇動した主要人物のみ尋問にかけて、他の人たちは迷惑条例を持ち出した罰則と軽い注意でよいだろう。
「あと、主要な貿易港から、今後は鉱物資源と、綿などの繊維原料のバスキア領への輸出を停止すると同時に、バスキア領からの輸入品には二.四倍以上の関税をかける、という連絡がありました」
「嘘だろ、俺の合意も事前通達もなしに?」
「一部の貿易港は、国からの通達に従い、王国製品は臨検にかけて貨物を拿捕し没収する――とのことです」
「強奪じゃん」
無茶苦茶な話だ。話に正当性がなさすぎる。
かつて西の海最強と言われた、バスキア領の海賊をけしかけられてもいいのだろうか?
と思ったが、冷静に考えると、海賊たちは海の魔物の討伐準備のために簡単には動かせなかった。全く、嫌なタイミングを狙ってきたものだ。
「どうやら、各国元首が集まる大陸会議での決定事項らしいです。教皇の署名付きの勅免状も発布されたとのこと。ただし王国はこの条件では批准できないと、署名を保留しました」
「……そうか」
俺はいささか気落ちした。
このバスキア領に大型カジノを作るつもりだったのに、これでは砂上の楼閣になってしまうかもしれない。
――カジノ・バスキアの建造計画。
貿易の盛んなバスキア港にカジノを作ることができれば、貴族の娯楽として大受けして、絶対に儲かるはずだったのだ。
豊かな美食、温泉施設とマッサージ業、異教徒の祭り、たびたび開かれる展覧会、バスキア工房の美しい芸術ガラス、整備された街灯に綺麗な夜景。ただでさえ保養地・観光地として名高い人気を獲得しつつあるバスキア領が、さらに娯楽で一歩先進するための、カジノ構想だったのだ。
カジノの営業戦略は明快である。
庶民の娯楽施設として、そして貴族の社交場としてカジノを機能させる。一見すると、両立困難そうに見えるこの二つのアイデアだが、そう難しくはない。
まずは庶民の娯楽施設としての営業戦略。
人を広く呼び集めるために、いかにも目立つルーレットを設置する。バカラやブラックジャック(※)などのテーブルゲームも忘れない。
重要な点は、"大勝ちしている様子を他の客にも見せる"というところだ。
ルーレットなんかは、自分のような素人が運よく勝つのを見て「俺もこの場に混ざって勝ちたい」という射幸心が煽られるだろう。
テーブルゲームも同様だ。ただ、テーブルゲームの方は、サクラを仕込んで、"凄腕の賭博人"と"一流ディーラー"の勝負を演出してもいいだろう。八百長といえば八百長だが、露呈しなければいい。人は誰しも、心を熱くするような名勝負を見たいものだ。それを見て「俺もちょっとやってみたい」という気持ちが焚きつけられる側面もある。射幸心とはちょっと違うのだが、娯楽性とはそういうものだ。
そして、貴賓客向けの戦略は、これも単純である。
貴賓室として奥にメンバーズルームを作ればいい。単純に特別感があって貴賓客も満足だろう。
こちらではじっくりと商談ができるように、落ち着いた内装の個室をいくつか作る。美味しいお酒やお菓子の提供も忘れない。ホテル経営で学んだ貴賓客をおもてなしするノウハウを、ここでなら十全に活かせる。
ビリヤード、ダーツ、ポーカー等、あまり人数を集められず、かつ静かに行いたい娯楽を、ここで提供するような運用を考えていた。
そう。考えていたのだ。
(旅行客がお金をたくさん落としてくれるような構想だったんだけどな……こんな経済制裁まがいのことをされてしまったらどうしようもない)
今までは王国法に気を払って、大掛かりな賭博行為は行わないようにしてきたのだが――賭博の種類をこちらから指定して、王家から監査員をいれて一定以上の税を奉納することを約束し、ようやく建造まで漕ぎつけたのだ。
だというのに、この仕打ちはあまりにもつらい。
かといって工事を中止するかというと、別に中止にする理由もない。何故なら、スライムの分離体たちがうんしょうんしょと今でも物品を搬入して内装を整えてくれているからだ。
そもそも、設備の維持費なんてほとんど掛からないようなものだし、箱だけ先に作ってしまうのも悪くはない。
(……冒険者ギルドの賭博経営のシノギを奪い取る戦略だったんだけどな)
賭博狂いの貴族はどこにでも居る。あるいは、豪商の不良息子や、賭博に身をもちくずした凄腕の冒険者。
そういうろくでもない人物を誰がカモにするか。この良質な客を冒険者ギルドから掻っ攫いたかったのだが、どうにも、そう上手くは行かないらしい。
※翻訳者より:
大陸共通言語にある"Ოცდაერთი"という娯楽はルールが非常に"ブラックジャック"に似通っているため、ブラックジャックと翻訳しております。
※本作品はカクヨムのコンテスト「第四回ドラゴンノベルス小説コンテスト」を受賞いたしました。
更新が滞っていたのでなろう版でも順次更新を進めて参ります。長らくお待たせいたしましたが、皆様お楽しみくださいませ!
※最新話までカクヨムで公開中