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第81話 閑話:(第三者視点)とある老学者の独白

 バスキア魔術研究所の所長を務める老学者。

 名をロッソ・フィオレンティーノ。


 彼は、四大精霊の実在にまつわる研究をまとめ直した功績により、王国より勲章を賜ったことのある学者である。

 特に彼は、カバラ四世界のアツィルト、ベリアー、イェツィラー、アッシャーの考え方を四大元素に紐づけて整理したことで知られる。

 流出界の炎、創造界の風、形成界の水、物質界の土。


 △の記号と/ˈsæləˌmændə(r)/の古代基層言語は、四大精霊の一つ、炎の精霊を示している――ロッソのもとで学んだ研究者にとっては、馴染みの深い話であった。


(研究生活も終わり、あとは安楽椅子に座って余暇を楽しむだけじゃと思っておったが……まさか、老境ここに至って、これほど充実した研究を任されるとは思ってもなかったわい)


 彼の専門は古代基層言語。つまり、失われた言語の再生である。

 四大精霊に関わる研究の整理は、むしろ彼の本分とは少し外れた研究業績であり、古代言語に関する地道な調査と類推こそが、ロッソの研究の真骨頂であると言えた。


 普通の貴族はそのことに気付かなかったが、魔術に深い造形のあるバスキア子爵のみがロッソの研究に深い理解を示してくれた。

 聞くところによれば、アシュレイ・ユグ・バスキア子爵は、若くして白銀級にまで上り詰めた俊才なのだという。もう少し魔術の才能があれば、宮廷魔術師として騎士に叙任されていてもおかしくはないほどの傑物である。召喚術以外は凡人並みで、しかもスライムしか召喚できないというのは、それはそれで逆に興味深い研究対象であったが、これがもしもっと多様な魔術に精通していれば、と実に惜しい人物であった。


 しかも、アシュレイは、先見の明があり、非常に大胆であった。

 応用に乏しい言語調査の研究者だというのに、研究所長という大盤振る舞いのポストを与えてくれたのだ。


(潤沢な紙資源、そして研究に使うための精密なガラス器具の数々。老眼鏡ひとつをとっても、こんなに精緻で手のかかった眼鏡を支給してくれるとは、太っ腹にもほどがある)


 研究室に温泉にマッサージのサービスまでついている。

 まるで王太子の家庭教師にでもなったかのような待遇である。

 理由は不明だが、腰痛と慢性的な咳に悩んでいたのに、いつの間にかこれが綺麗に収まっていた。これもバスキア領での健康的な生活の賜物であろう。


(死霊術も錬金術も、わしがちょっといい人材を見繕ったらこっちに来てくれた。ちょうど職に困っている連中であれば、この提案は渡りに船じゃろうからの)


 こう見えて、ロッソはそれなりに顔が広い。

 大学で教鞭を長い間執ってきたロッソは、目立った功績こそ"四大精霊"の整理だけだが、共著の論文数はそれなりに多かった。


『素人質問で恐縮じゃが……引用の論文は、わしの教え子の研究でしての、前提となるサンプル群には厳しい条件がついておったと思うのです。今回の論文における前提条件は、ちょっと違う条件を設定しておるように見えますが、何か意図がありますかな?』


『ロッソ先生!』


 ――こんな会話も珍しくはなかった。


 古代基層言語の研究は、白の教団から『神を暴く行為である』とたびたび目をつけられていたものの、様々な学者たちがロッソを頼った。

 基層言語となってしまった言語は複数ある。時代の流れで滅んでしまった言葉は、枚挙にいとまがない。教会が典礼言語として聖なる言語として扱っている言語もその一つ。それを暴くロッソの研究は、教会の連中たちとたびたび噛み合いが悪かったが、それでもロッソは教会に迫害されない程度に、"手堅く"研究をつづけた。教会からの検閲には喜んで応じたし、教会に不都合のありそうな研究内容は、発表する前に照会をかけた。


 そんな背景もあって、ロッソの研究は非常に貴重であった。

 学部長のポストが与えられなかったのは、不運だったのだろう。


 こういった経緯もあって、ロッソはいろんな学者のことを広く知っていた。

 錬金術の分野や、死霊術の分野についても、研究のことは畑違いで全く分からないが、職に困窮している若者を見つけるのは造作もないことだった。


(特に、死霊術。倫理に反するとしてたびたび糾弾に晒されてきた学問じゃが、このバスキア領では実にのびのびと研究を進めておる。生体移植関連の研究は、もうじきに実を結ぶじゃろう)


 近々、バスキア領では大掛かりな学術カンファレンスが開かれるとの噂である。

 そこでは、エルフの研究者とゴブリンの王子の共著論文で、『柳の煎じ薬の薬理効果について』を発表する手筈となっている。

 他にも、バスキア工房で作っている浄水器の性能の報告や、新しい農作方法の発表など、バスキア領の研究結果が多く発表されるらしい。


 他の領地からも、カンファレンス発表を一つの実績としたい若い学者が、参加を申し込んできている。観光も兼ねてバスキア領に立ち寄りたい、という、比較的カジュアルな気持ちで参加に踏み切る研究者たちも数多くいた。

 彼らの発表を聞きながら、そのうち有望そうな研究について青田買いする――という構想らしい。


(最初はそんなにカンファレンスの質も高くないじゃろうな。じゃが、回数を重ねるにつれて権威を育てていく方針を目論んでおるのじゃろうな)


 やがて、国際的な学術の中心地となることを目指して。

 バスキア領の遠大な計画の一つ。それが徐々に動き始めていた。

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