第79話 監獄の人員配置実験とマニュアル化
3766日目~3788日目。
ここにきて、バスキア監獄の組織運営に一つの実験を行うことにした。
それは計画的な人事異動である。
(組織内での人員配置を実験するには、バスキア監獄はうってつけの環境だ。組織運営の実験に活用させてもらおう)
人員配置。それは領地経営をする上で避けては通れない問題である。
例えば、同じ人員によって同じ仕事を行ってもらうことで、技術が成長するため、高度に専門化した業務であっても難なくこなせるようになるという利点がある。
一方で、人を適度に入れ替えないまま、ずっと同じ人間に作業を任せてしまうと、作業や業務の硬直化、後進育成の停滞、何らかの権限の独占による私的流用といった問題が起こる。
ここまで驚異の速度で発展を続けてきたバスキア領でも、それは同じことだ。
現在、バスキア監獄では部門を、庶務・計算・工務・調査の四つに分けている。
バスキア監獄が作られてから二年以上、同じ業務に従事してもらっている経験豊富な囚人がいることで、監獄の囚人の作業効率はかなり高くなっている。
しかし、業務負担の適正化や平準化がしっかり進んでいるかと言われると悩ましい。
数字を触る計算部門はいつも阿鼻叫喚だが、魔術刻印を素材に刻み込むだけでいい工務部門や、備品管理や発注を行い過去判例・過去事例・過去契約を整理して仕分ける庶務部門、過去事例が存在しない情報について外国語の文献も全部読み込んで欲しい情報を探し出す調査部門は、比較的穏やかそうである。
(課によっては、他部署に業務を押し付けて楽をしているところも存在しているからな)
特に庶務と調査は、業務の押し付け合いが激しい部門である。
計算部門でも、部門内の課同士で、計算を押し付け合っていたりする。
全くもって、醜いことこの上ない。
よって俺は一計を講じた。すなわち、対向部署への人事異動である。
対向部署であれば、業務内容もある程度似通ったものになる。業務で得た知識が全部消えるわけじゃないので、業務の習得がある程度早いはずである。
一方で、対向部署に押し付けがちな業務負荷バランスも、どんどん釣り合いがとれるようになる。対向側の部署に仕事をどんどん押し付けてしんどくしてしまったら、今度そっちに異動したときにしんどい目に遭う――この心理的な抑制が働くことで、徐々に負荷を平準化できるのだ。
(囚人たちには、みっちりと働いてもらう。もちろん人事異動をした直後は、生産性がやや落ちるだろうが……業務のマニュアル化も進むはずだ)
属人化してしまった目に見えない業務を、強制的に可視化する方法。それが人事異動である。
もちろんその"目に見えない業務"が欠けてしまい、円滑に回らなくなって現場は混乱するだろう。だがそれをきっかけとして業務の手順書が充実し、マニュアル化がどんどん進むはずなのだ。
監獄で作ったマニュアルを、そのままどこかに売りつけてもいい。
あるいはこのマニュアルを基に、他の領地の相談事を引き受けてもいいだろう。
保険契約を皮切りに、契約書作成に不慣れで困っている貴族を手助けするという名目で、契約作成代行サービスや、契約に関するお困りごとの相談を引き受ける。
領地経営の悩みについても、バスキア領で作成した基本マニュアルを基にサポートしてあげられる。
(そうか、確か高位貴族である伯爵になれば、下位貴族の寄り親になって、彼らの"相談役"になって領地経営に助言してもいいんだったな)
他の領地の貴族は全然持ちたいと思っていない監獄。それが、バスキア領にとっては金の成る木になりつつあった。