第78話 足踏みペダルとクランク機構・紡績機と飛び杼の発明
3743日目~3765日目。
足踏み式の脱穀機の開発をドワーフに持ち掛けて早五年ほど。
思い返せば、足踏みペダルの検討をお願いしたのは、ちょうどバスキアに跋扈する海賊たちを全部傘下につけたぐらいのころである。
足踏みペダルを実現するためのクランク機構の構想は、早い段階から実験に入っており、ペダルを踏むことで回転する動力を与えることには成功している。
技術的な課題とされていた、『歪みが少なく精度の高い歯車をつくること』は、スライムに加工してもらうことで十分に達成できていた。
最大の難所は、鉄の強度と靭性の問題。
鉄がもっと頑丈でないと、歯車がすぐに駄目になってしまうのだ。
(鋼は高価だが、やむを得ない。輸入は必須だろう。あとは歯車とクランク機構に、強靭度増大の術式を刻み込むことでカバーするしかない……)
ウーツ鋼――褐鉄鉱を加熱して鉄の塊にし、るつぼに木炭の欠片を入れて作る鉄鋼がある。
微小な層の多層模様。見た目も美しく、そして実用的である。
さらに、るつぼに投入する材料として、石炭ではなく木炭でないと質の良いウーツ鋼が得られないことから、産地を選ぶ鋼でもあった。
この貴重なウーツ鋼を、クランク機構にも歯車にも惜しみなく使うことで、脱穀機の頑丈さを担保することに成功したのである。
念には念をと、バスキア魔術研究所による"強靭"の術式の刻印も忘れない。
これにより、バスキア領では壊れにくい足踏みペダルを作成することに成功したのだった。
とはいえ、脱穀作業はスライムにほとんどお任せしている。足踏み式脱穀機は必要ない。
唐箕も、手回し式でほとんど困ったことはない。足踏み式唐箕も不要である。
となると、いったい何を足踏み式ペダルで回すのか、という話になるのだが――今考えているのは紡績機である。
(バスキア領は、バスキア森林迷宮の影響で、魔物も多く生息するし、植物素材も多く手に入る。繊維を輸出するのも向いている)
糸車。繊維をねじって撚り合わせて繊維にするための道具。
例えば、綿をそのまま引っ張っても途中でぷっつりとちぎれてしまう。だが、回転を加えて撚りながら引っ張ることでより強固な"糸"になる。
この繊維を"撚る"動作を実現するのが糸車である。
羊毛、綿、麻、亜麻、絹。素材をよく梳いて、繊維の方向を整えさえすれば、あとは糸車につながったボビンに巻き取って完了である。
繊維を"梳く"動作は、スライムが簡単に行ってしまえる。繊維を水(もしくは油)でふやかした後、スライムが脱水ついでに方向を整えるだけなのだから、非常に簡単であった。
(あとは複数個の紡錘を縦に並べてしまえば、通常の何倍もの速度で糸を紡ぐことができる)
ガンガン足で踏んで、どんどん糸車を回せば、それだけで糸を大量に作れる。
今まで手回しの糸車で糸を作っていたのが馬鹿馬鹿しくなるほどの作業効率である。
そしてここから、縦糸と横糸を交互に編み合わせることで布を作るのだが――。
縦糸をたくさん並べて、偶数番目の縦糸を上に持ち上げ、奇数番目の縦糸を下に引っ張る。
隙間にさっと横糸を通す。
今度は偶奇逆に上下を引っ張って、隙間に横糸を通す。
この仕組み(飛び杼)を自動化することで、布を編むことも簡単に実現できてしまった。
(あとは、繊維素材をどれだけたくさん採集できるか、という話になる。綿花を大量に作る畑があれば、きっと呆れるほど儲かるのだろうけど、それは難しい話だ。絹も同じだ。羊毛も麻も、結局同じ話に戻ってくる)
ここから先は、非常に繊細な話になってくる。
バスキア森林迷宮の開拓をどんどん推し進めて、もっと魔物を大量発生させてしまえば、その分だけ、素材も大量収穫できるようになる。
しかしそれは、危険と隣り合わせの行為だ。バスキア火山迷宮の事件で、俺は痛いほど反省している。
素材だけは輸入に頼るのが一番である。こればかりは仕方がないだろう。
この足踏みペダルを利用した紡績機の登場で、バスキアの繊維産業は劇的に変化するだろう。
ちょうど、オート・クチュールの概念が育ちつつあるバスキア領には、うってつけの発明だと言えた。