第77話 ファッションコンテストとオートクチュールの発展・硝石と重曹の製法の検討
3726日目。
かねてより準備をしてきた第二回ファッションコンテストに、とうとうエルフを出場させることに成功した。
これは継続的な交渉の賜物であった。
今度のデザインコンテストは、職人の機能性、採算性を含めてデザイナーに解説してもらう形式にした。
言葉で語るのではなく実物で語れよ、という話ではあるのだが、やっぱり解説が面白いやつの作った服はちょっと見る目も変わってくる。それに、一般参加の市民たちにも"専門の人はこんなことを考えているのか"と感じ取ってほしいという狙いがあった。人間、やはり言葉で解説してもらわないと気付かないことも多々ある。作り手の自己満足になってしまう表現は、枚挙にいとまがない。だからこうして、解説してもらう場をしっかり設けたのには、意義があった。
中にはデザイナー本人が新しい服を着てくるという面白い試みもあった。創意工夫があっていいと思う。
(昔と比べると、バスキア伯爵領に格上げされたこともあってか、参加者も増えた気がするな……。いよいよコンテストの権威性が高まってきた気がするな)
服飾のデザインコンテストには複数の狙いがある。
公平性を保つこと。能力のある新人に仕事の機会を与えられること。次世代を担う若者の勉強の場にも活用できること。
更には、代を重ねるごとに、バスキア領が服飾の"権威"になることもできるだろう。
文化の発祥地としてゆるぎない地位を作り上げることができれば、その影響力はとても大きい。大袈裟かもしれないが、高価な仕立て服は、立派な外交道具にもなるのだから、馬鹿にはできない。
この構想自体については、チマブーエ辺境伯も興味をもっているようで、ぜひとも協賛者として名前を連名で出したいと申し出てくれた。
文化に深い見識を持っているチマブーエ辺境伯の名前は、非常に重たい看板である。だが効果は絶大であった。おかげで二回目のファッションコンテストは、気鋭の仕立て職人がどんどんと参加してくれたのだ。
是非ともチマブーエ辺境伯のお抱え職人になりたい、という野望がちらついて見えたが、それはそれで"よし"だ。
おかげで、コンテスト自体の質が、一気に引き締まったようにも思われた。
(これなら、第一回目の時に相談しておけばよかったかもな……)
御用聞きの仕立服から一歩脱却して、"芸術デザインを売る"というコンセプトに近づいた、オート・クチュール。
王都や国外では、どちらかというと御用聞きの仕立服が主流であり、オート・クチュールはまだまだ珍しい考えだと言われていた。しかし、仕立て職人も"職人"である。作り手とは、自分の中の創意工夫を試してみたくなる生き物だ。
だからこそ、このバスキア領でオート・クチュールを大々的に喧伝することで、そんな創意工夫にあふれた若者の職人をこの地に囲い込みたいのである。
特にバスキア領では、"バスキア染め"を施した布を売り出そうとしている。
植物系の魔物の樹皮などを煮込んで作った、新しい染め物。染め物工房の排水問題もスライムのおかげできれいさっぱり解決できる今、染め物の分野に打って出たいところなのだ。
(やっぱり、美形のエルフがきれいな姿勢で歩く様は、絵になるよな……)
果たして、王侯貴族や豪商たちに、この服を着てみたいと思わせられるかどうか。
バスキア染めの服を着て、涼やかにランウェイを闊歩するエルフを見ながら、俺はちょっとした手ごたえを感じ取っていた。
3727日目~3742日目。
重曹、硝石などの有用な資源は、鉱床から採掘される。
バスキア領も資源迷宮を自前で持っているものの、実をいうと、硝石や重曹は輸入に頼っていた。
頑張ればバスキア火山・洞窟迷宮から採掘できなくはないのだが、迷宮を開拓するペースは俺の自由には動かせない。前回のような迷宮不安定化の事故を再発しないように、厳格な進捗管理を行う必要があった。
(重曹は、胃薬にも歯磨き粉にもなるし、野菜のアク抜きにも掃除用の道具にも使えるからな……。硝石にしても錬金術の道具としては欠かせない)
人工的な生産方法も、ある程度検討はついている。
そして今、その生産方法を実験している最中であった。
例えば硝石。
魔物を家畜にする研究の延長線上に、実はこの硝石づくりがある。
すり鉢状の穴を掘り、家畜の糞尿、栽培中の野菜の葉や茎など不要な部分、ヨモギなどの草を原料として層状に積み重ねる。この行為を何年も繰り返す。
そうして得られた焔硝土を水に溶かして、これに灰汁を加えて、その上澄み液を煮詰めることで、硝石ができるのだ。
……と、錬金術に明るい老研究者たちが、基本的な製法をこっそりと教えてくれた。
これはあくまで基本らしく、どのような植物が相性が良いのかは調べる必要があると言っていた。
加えて、ケルシュ族の密偵が他領地から持ち帰ってくれた情報によれば、蚕の糞や人尿を使うと効率が良いという。この情報は快挙であった。
エルフからも、蓼藍(藍色の染料になる植物)を発酵させる過程で、白い結晶ができるのを見たという証言が得られている。この白い結晶が硝石なのであれば、染め物造りのついでに硝石を生産できるかもしれなかった。
実験の結果は順調で、もうそろそろ硝石を"収穫"できる頃合いである。
現状は輸入でも事足りてはいるのだが、自前で一部賄えるのであれば、それに越したことはないだろう。
一方で、重曹の製法については、もっと単純だった。
歴史的には、木灰から原料が得られることが知られている。中でも、フィコイド・グラシアルのような塩生植物や、昆布などの海藻類を焼くことで、ソーダ灰が得られることも知られている。
フィコイド・グラシアルといえば、バスキア領の土壌改良のついでに、"塩害対策"として栽培を行っていた植物なので、ちょうど馴染みがあった。
しかしながら、バスキア領は、ソーダ灰や木灰を消費する量が多すぎる。
衣類原料の脱脂や漂白のため、そしてガラス生産のため、バスキア領ではとてもじゃないが、自前で調達するには無理があった。
もっと良い工業的な製法があれば、それに飛びつくのだが――そう簡単には見つからないだろう。
(……なんかいい方法がありそうなんだけどな。特に、こいつを使えば、上手くいけそうな気がするんだけど)
雑草をつまみ食いしようとしているスライムと目が合った。
最近、四男爵の領地にも徐々に身体を伸ばしつつある彼女は、食べるものが一気に増えてご満悦そうであった。そんな彼女を上手く使えば、圧力を加えたり、気体を収集するぐらいできそうなのだが。