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第75話  閑話:(第三者視点)とある辺境伯の逸話

 勇猛果敢な騎士を代々排出してきた、王国貴族の中でも名家中の名家――それがチマブーエ家である。

 その家名の由来は"雄牛の頭"。その名が象徴するが如く、果断にして苛烈な者が多く集う武闘派の貴族である。


 地方を治める田舎伯爵として、良くも悪くも僻地にいる豪族でしかなかったチマブーエ家に、ある時、花のような可愛らしい少女が生まれた。

 名をマエスタ・チマブーエ。お転婆盛りのじゃじゃ馬娘である。


 彼女は可愛らしく微笑みながら、いろんな人とお茶を楽しみ、日夜サロンで大人たちも顔負けするほどよくしゃべった。

 聡明でおしゃまな彼女曰く。


『ねえ? 白の教団は、教義で神の偶像崇拝を戒めているはずなのに、豪勢で華美な絵画や彫刻をたくさん作って、"神の子"や"天使"を飾り立てているのはどうしてかしら? 清貧をよしとする教義のはずなのに、絢爛豪華の芸術に走るのはおかしくないかしら?』


 ――と。


 子供のくせに際どい質問をするものだ、と大人の貴族たちが冷や汗交じりに苦笑するような、そんな話題である。

 だがこれが、西方の麗人、マエスタ嬢が社交界に震撼を与えた、初めての大仕事である。


 後の歴史書語りて曰く。


 当時の白の教団は、そろって華美な表現を好んだ。

 文字が読めず、神の教えもろくに受けてこなかった平民たちに"神の素晴らしさ"を説明するには、豪華絢爛な芸術が一番わかりやすかったのだ。

 神とはこうも素晴らしい、神はかように荘厳なのである、と。


 だからこそ当時は、宗教団体こそが芸術家たちの最大のパトロンであった。宗教による手厚い援助をうけて、芸術の技法はどんどんと発達し、象徴的で精神的な方向へと進んでいった。

 反面、写実的な描き方は蔑ろにされて、よりモチーフ的、寓話的、平面的な絵画へと変化しつつあった。


『より写実的な絵画を描きたかったり、より野性的な彫刻を作りたかったのに、興味のない神学や神話を学習することを強いられている芸術家たち。

 清貧たるべし、偶像崇拝あるべからず、そんな元の教義を忘れて勢力拡大しか目にない教団のやり方に嫌気が差している一部の司祭たち。

 お金稼ぎは卑しい行為だとして、白の教団から卑しい職業の者たちだと扱われてきた商人たち。

 王国貴族は、どうしてこれらを利用しないのかしら?』


 当時の大陸の諸侯たちは、白の教団の勢力拡大を危惧していた。

 領民たちをいつの間にか洗脳し、事あるごとに寄進を募ったり利権に絡もうとしてくる白の教団は、ときに心強い味方にもなるが、ひどく高くつく。


 かといって完全に付き合いを拒むには危険な相手である。教皇から悪魔認定されては命が危ない。

 信仰心は死兵を簡単に作り上げる。命を顧みない兵士は何より恐ろしい。神の教えに殉ずるためだと、特攻精神で突撃してくる信徒がたくさんいるのが、白の教団の怖さなのだ。


 何とかして白の教団を弱体化できないだろうか。そう悩む貴族たちは多数いた。

 ――幼い少女マエスタは、内部から二つに割ることを考えた。


『商人を助けてあげましょう。清貧の教えに反するお金稼ぎは卑しい行為だとされてきたけども、教義の解釈を変えましょう。労働は尊い、だからその対価も素晴らしい、蓄財をしてもいいのよと認めてあげましょう。代わりに寄進を募ります。清貧さとはお金を稼がないことではなく、心の在り方だとするのです。そうやって、勢力拡大しか目にない教団中枢に反感を持っている高邁な司祭を、支援してあげるのですわ――』


 商人を認める教派が生まれれば、商人は神に許されることになり、商売をしやすくなる。

 司祭も商人からものを買いやすくなり、商人も司祭にものを売りやすくなる。謝肉祭などのお祭りに積極的に出店を出してお金儲けをしても、それを咎められずに済む。

 そればかりでなく、商人たちも敬虔な信徒になることが許される。白の教団のやり方で埋葬してもらうことができる。宗教大学に子供を通わせても、子供が虐められることが少なくなり、学校に庇護してもらえる。


 ――労働は尊い行いである、と認める新しい宗派を作れば、商人らは両手を挙げて喜ぶだろう。


『私たちも、商人たちと一緒に芸術家のパトロンになりましょうよ。芸術品を持っていること自体が、貴族としてのステイタスだわ。それに芸術品は高値で売買できる資産よ。芸術文化を育てるのよ』


 幼いマエスタは、この時すでに絵画や彫刻の使い道に気づいていた。

 同じことをすればいい。


 白の教団が、神の権威をわかりやすく表現するのと同じように、貴族もまた、自分の権威をわかりやすく表現すればいい。芸術には力がある。本を読む層が大衆の一部しかおらず、娯楽もめっきり乏しい昔の時代において、豪華絢爛な芸術で自分を表現することは、大衆にとってもわかりやすい"権力の象徴"であった。


 そしてマエスタは、それ以外の使い道を模索した。

 例えば、貴族同士のお見合いに肖像画を書かせて送ることを考案したのもマエスタであった。今ではすっかり定着した常識。遠く離れた貴族同士で結婚することも珍しくなかったこの時代、お互いの顔となりが分かるように、肖像画を交換する文化を作ったのだ。


 他にも、商人と画策して絵画にも流行を作った。

 これがおしゃれである、これが素敵、これが最近の流行の技法だ――教養人の心をくすぐるような細かい工夫を凝らし、あたかもそれを知っていることこそが"芸術に詳しい"と思ってもらえるような、そんな流行を順番に作っていったのだ。

 芸術サロンで積極的に、あれがいい、これがいい、と語っていけば、後は流行ものに飛びつく若者貴族を中心に文化が広まる。


 田舎貴族のチマブーエ家が、文化の中心地となって、王国中央から侮られなくなったのは、この頃からである。

 商人たちと結託して、次の流行を作り上げて、それを仕掛けては大儲けする。人気の出そうな芸術家に早いうちから声をかけて、彼らを絵を大量に買い込み、それを流行に仕立て上げて、そして売りさばく。


 ――西方の麗人マエスタ嬢の辣腕が窺える逸話である。




 ちなみにこの頃の王国は、中央官僚制度を順当に整備して、強い王国を目指そうとする"不愛想な王子"ギュスターヴがいた。


 諸侯と違って領土を持たない宮廷貴族が、貴族らしいステイタスを求めることに着目したギュスターヴは、芸術品を利用した。芸術にこよなく理解ある王家が、逸話のある素晴らしい芸術品を彼ら宮廷貴族に下賜すれば、それはステイタスになる。社交界での自慢になるのだ。こぞって栄誉を求める官僚たちは、その芸術品のために大いに働いた。

 王家としても、領土を追加で分け与えたりしなくて済むし、元手もあまりかけなくていい(≒次の流行になりそうな芸術を仕込めばよいだけ)ので、芸術は非常に役立った。


 ――白の教団の勢力を分割するため、王家が田舎貴族に陰から支援を行い、芸術サロンを育てて、商人たちと結託を図っていたのは、一部の人のみ知る事実である。




 かくして、白の教団では新興教派が急成長を遂げて、内部にて不和が発生し。

 芸術サロンの中心で、麗しくも元気溌溂な"西方の令嬢"が社交界に名を馳せて。

 不愛想な王子は、商人たちと、白の教団内の新興派閥と、西方の令嬢と、中央官僚に支持されて、国王へと選ばれた。


 それは、マエスタ嬢が、女辺境伯(マーシェネス)の名で呼ばれて間もない頃の話である。

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