第7話 道の舗装と用水路工事・通行税・野盗狩り
653日目~691日目。
川の灌漑工事と、アルチンボルト領ならび他領への街道の工事は、順調に進んでいた。
特に、道の工事については、おもったより簡単に舗装できた。
道づくりを人の手で行うと、穴を掘って、道の邪魔になっている大きめの石や木や障害物を取り除いて、石畳を敷き詰める、という根気のいる作業となるが、一日中寝ずに作業できるスライムにとってはお茶の子さいさいである。
更に、重い石畳でも簡単に運べるし、穴は地面を食べるだけで簡単に掘れるし、足場の悪い雨天でも、猛暑の日でも、真っ暗な夜間でも、関係なく淡々と作業を進めてくれるのだ。
気がつけば、もう完成間近である。
あとは、重い荷物を載せた馬車が通っても石畳が沈まないか、実験で確かめるだけである。
(そういえば、道はもう200日以上も工事してるのか……)
川の灌漑工事に至っては、300日以上だ。
時間をかけたおかげで、ほとんど要望どおり、立派な用水路が出来上がりつつあった。村の人たちも、以前より潤沢に水を使うことができるようになり、さらに川まで水を汲みに行く手間が省けて、非常に喜んでいた。
(スライムがどんどん成長して、いつもより分裂できるようになったから、工事の進捗がどんどん早くなるな)
692日目~714日目。
アルチンボルト男爵ら四領主との交渉が、ようやく程よいところに落ち着きそうであった。
『アルチンボルト領、ボッティチェッリ領、デューラー領、ブオナローティ領、およびバスキア領間の道路の利用における条約』より抜粋すると、
・道路の工事費については、バスキア領からの持ち出しとなる。
・道路の通行税については、道路の工事費用の回収、および道路の保全維持のため、バスキア領が通行者から徴収する。
・道路の通行税の金額については、バスキア領、アルチンボルト領、ボッティチェッリ領、デューラー領、ブオナローティ領、それぞれの領主の話し合いにより決定する。
・道路ができて八年は、アルチンボルト領、ボッティチェッリ領、デューラー領、ブオナローティ領、のいずれかの領地からバスキア領へとやってくる通行に対しては、通行税を徴収しない。
・通行税を収めたものは、馬車を利用できる。
この条約に隠れて、馬はアルチンボルト領、馬車はボッティチェリ領から借り受けて、レンタル料代わりに通行税の一部を彼らに収めるという形に落ち着いた。
馬車は自分で用意してもよかったが、道路の通行者が増えれば増えるだけ、アルチンボルト家もボッティチェリ家も儲かる形にしたかったのである。
要するに、人がたくさんバスキア領を行き交うようにしたかったのだ。
(これで放っておいても、バスキアは交易が増えて発展するはず……)
715日目~758日目。
早速問題が発生した。道行く行商人が襲撃されてしまったのだ。
バスキアの治安が悪すぎるのである。
(そうか……海には海賊がいるけど、陸にも野盗がいるんだな……)
盗賊が潜んでいる。
それも、話にならないぐらいたくさんいる。すべてはバスキアという無法地帯が生んだ悲劇だった。
バスキア領の歴史からひも解くと、そもそもこの地に住み着いている人たちは、王国から追放された難民である。
大陸中の迷宮から魔物があふれ出る大災厄――魔物暴走が起きたのが五十年前。人は辛くも魔物の進行を押しのけた。
だが、魔物が残した爪痕は大きく、結果として難民が多く発生した。
王国の取った措置はずさんだった。
バスキアに難民を捨て去ったのは、そのなかでも飛び切りの愚策だった。
『疫病が流行ったせいで、手に負えないまま放置した結果、魔物がたくさん残っていて手つかずの土地がある』
『そうだ、難民にその地を与えれば、勝手に開拓してくれるのではないか』
難民はただでさえ食料を食いつぶし、国庫に負担をかける。
だから、手つかずの土地に置き去りにして捨て去ってしまえばいい。
そんな、無責任な宮廷貴族の判断によって、バスキアに難民が運ばれて、そのまま置き去りにされてしまったのである。
結果としてどうなったか。
難民のほとんどが、野盗化したのだ。
(魔物に食われたのが大半。野盗になったのが一部。残りの一部が、寄り合って村をいくつか作り上げた。……だが、今日の今日までうまくいったのは、小バスキア村の一つだけ)
考えられうる限り、最悪の結末である。
となると話は一つ。
やらねばならないことができてしまった。
(野盗狩りするしかないよな)