第69話 馬車鉄道の発足・生体移植の研究
3527日目~3541日目。
とうとうチマブーエ辺境伯領からバスキア領、そして周辺領地までをつないだ馬車鉄道の線路の敷設が完了する。
この工事は道路舗装の付帯工事として、辺境伯にも王家にも申請済みであり、すでに承認をいただいている。だから堂々と市内を乗り回して問題はない。
――馬車の車輪を線路の上で走らせることで馬車の移動が効率化されると思われるので、承認をお願いしたい。設備維持費として、この線路を利用する人から利用料を徴収する。集めた利用料から、保守費用を取りのぞいて残った利益の一部を、王家と辺境伯に納めることとする。
と、こんな簡潔な文章で申請してある。
早い話が、王家も辺境伯も損をしないから、この新しい取り組みを認めてほしい、というものだ。
(まあ、想像以上に効率がいいってのは後からわかったんだけどな。まさかここまで劇的だとは思ってもいなかったんだよな……)
馬車鉄道の効果は素晴らしかった。
実験の結果、二頭立てや四頭立てで運んでいた大型の馬車を、一頭立てでも運ぶことができた。車輪が転がる接地面の抵抗が、極端に少なくなった結果である。
つまり、効率が段違いに良くなった。
今までと同じ馬数でも、今までよりもっと多くの積載量を運ぶことができるようになったのだ。
そればかりではない。道路の凹凸による振動がほとんどなくなったため、乗り心地が飛躍的に向上した。
これが何を意味するか。
馬車を利用する人が爆発的に増えたのである。
(乗合馬車よりちょっと高いぐらいの費用で乗れちゃうものな……。しかも移動が快適ときたら、人気が出ないはずがない)
乗合馬車というのは、運行時間と区間を決めて定期的に走る馬車のことである。誰でも勝手に乗り込んでくる馬車なので、"乗合馬車"と呼ばれている。
荷車と馬を借りて走る貸し切り馬車とは違って、破格の値段で利用することができるが、その代わり見知らぬ人と同じ空間で長時間一緒にいるので、トラブルも多い。いわゆる庶民向けの馬車である。
一方で馬車鉄道は、頭数あたりの積載量効率が改善されたので、運送コストも抑えられるようになった。乗り心地が良いのにコストが安いのである。
加えて、乗合型の馬車鉄道も出現した。安さに関しては言うまでもないだろう。
結果、空前絶後の馬車ブームに突入したのである。
(そっか、ますます交易が盛んになるなぁ)
笑いが止まらないとはこのことである――本来ならば、という注釈が付くが。
本来ならば、利用料の値上げで大儲けを狙うべき場面なのだろうが、俺はあまりそんな気分になれないでいた。
――タイミングが悪すぎるのだ。
(これ、バスキア保険の話をぶちまけた直後のことなんだよなぁ)
果たしてどう切り出そうか、と頭を悩ませていると、部下から次々と報告が入ってきた。
内容は聞くまでもなかった。いろんな貴族から、説明を詳しく求める書面が舞い込んでいるのだという。
この時代の主な移動手段が、馬車、帆船、飛竜である。
その主要な移動手段の一個の効率を倍以上にしました、となれば、運送革命が起きてもおかしくはない。
というより起きていた。
(せめて、俺の処遇を決めるあの集会で、この馬車鉄道が話題になっていればよかったんだけどな……)
結論、なるようになれ、という他ないのだが。
正直な話、馬車鉄道の利権を独り占めしようという気持ちが微塵もないので、俺はとりあえず、あるがままに身を任せることにした。
3542日目~3569日目。
死霊術の研究が進んだ結果、医術の知見が大幅に得られた。
例えば今、バスキアにて研究が盛んなのは生体移植の分野である。今までの医術にも似た概念は存在していたが、死霊術を使うことで、生身から切り離した生体組織でも新鮮なまま移植できるようになるのだ。
やけどで失われた皮膚を、死体の皮を移植して再生する実験を行ったり。
別の生き物の臓器をまた別の生き物に移植する実験を行ったり。
バスキア研究所の死霊術研究室では、このような実験を日夜実施していた。
(拒絶反応が起きる理由や、拒絶反応を抑える方法を調査したところ、現在は親子の生体組織移植であれば拒絶反応が薄いことが判明している。だが、この研究結果をそのまま世に公開するのは、気が咎める)
魔物による生体移植の実験を繰り返した結果、拒絶反応についてある程度の法則性が明らかになりつつある。
だが、これを世にそのまま広めてしまうのは躊躇いがある。
もしかしたら、この研究結果を真に受けて、自分の子供を若返りのための道具にしてしまう親が現れてしまうかもしれない。
(親子の生体組織をそのまま使うんじゃなくて、本人の生体組織を複製できれば一番いいんだけどな……)
――本人の生体組織を複製するための、いい方法はないか。
それさえあれば、かなり大きな発展が起きそうなのだが。
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お気づきの方もいらっしゃるかもですが、この章までは内政チートのレベルをある程度落としておりました。(いわゆる、産業革命の主役であった蒸気機関を使わないし、黒色火薬も印刷技術もほぼ使わない等)
ですが、バスキア貴族契約を成立させたここからは、そういった無茶苦茶な(ある意味で世界観を壊しかねない)内政ネタをどんどん突っ込んでいく予定です。
目指すは"クソバカ内政知識モリモリ領地開発"です! 突っ込みどころも多くなってくると思いますが、ご理解のほど何卒よろしくおねがいします!