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第67話 閑話:ある大手商会の商人への判決の話

 バスキア領に進出していた大手商人たちは、今回のバスキア領の経済混乱により大きく儲けを出すことができた。


 その手口は複雑なものではない。

 あらかじめ商品を買い占めて物流を減らし、並行して商品先物をゆっくり買い漁り、戦争が起きるかもしれないという噂を流布して、物価を釣り上げてから先物を売りさばく。

 何のことはない、蓋を開ければとても簡単なことであった。


 そもそも大手商人は法律にも情報にも精通している。"物資の買い占め"から"物価つり上げ"は、いわゆる王国法で厳しく制限されている行為であるが、故意でなければ致命的な処罰は受けない。今回の行為が厳しく処罰されないことは、すでに織り込み済みであった。

 バスキア領にて証券法がまだ詳しく定まっていないのも好材料である。


 それに大手商会らは、自身もまた経済混乱の被害者であるという顔をすることができた。

 実物のみの動きを見れば、"戦争に備えて高い価格でも実物を買い"、そして"戦争の噂が嘘であることが発覚したので、慌てて売っただけ"となる。実物の商品の売買だけをみれば大きな損を出している。

 あくまで商品先物の証券取引によってのみ、大幅な利益を出している。そして肝心の先物取引は、すべて代理人を介して行っている。人を雇ってその人に取引させているのだ。誰も商会の名前を出していない。商会にたどり着くのは困難であろう。


 何よりも、国王ギュスターヴから密命書を貰っている。バスキア領の経済を混乱させよと。そして、それによる罪は問わないと。

 マティーニ商会もまたその密命書を受け取った商会の一つである。


(いざとなればこの密命書を公開することができる。だから王家も無下に約束を反故にしたりはしないはずだ)


 マティーニ商会に勤める若手商人であるこの男も、そう考えていた。


 だから、いきなりバスキア領主に捕縛されて、相場操縦の疑いで裁判にかけると聞かされても、慌てることはなかった。

 臨時裁判。まるで世間をにぎわす大罪人が捕まったかのような扱いである。


(なんだよ、俺以外にもいろんな商人を片っ端から適当にひっ捕らえているだけじゃないか。おいおい、本当に調査できているのか?)


 身柄を拘束されているといっても不自由な扱いは受けていない。使われていない領主館の一室に、監視付きで拘留させられているだけ。生活はむしろ快適なぐらいであった。

 やがて、チマブーエ西方辺境伯の代理人が遣わされて、臨時の領邦裁判所としてバスキア封土裁判所を機能させると宣言が行われ、裁判が行われた。


 マティーニ商会だけではない。他にもちらほらと名の知れた大手商会の者が捕らえられていた。だが、彼らも特段ひどい拷問を受けた痕跡はなかった。非常にぬるすぎる裁判である。

 もはや、形式的に裁判を行っているだけではないか、と疑うほどに順調な展開。これがもし、密命を送ってきた王家側貴族による工作なのだとすれば、笑いがこみあげてくる。


「――以上より、かの者が相場操縦に関わっていたとする証拠は不十分であるといえる」


 裁判の進行も何も不思議な点はなかった。

 相場操縦を行っていたとする証拠は不十分。

 商品実物の売買ではむしろ損害を出しているので、相場操縦の罪を咎めるのも可哀想である。これ以上の制裁は社会的道義に反すると。


 しかし、続く裁判官の発言には思わず耳を疑った。


「しかし、証券取引の場において不自然な目撃証言が続いたことも事実。代理人を雇っていたのではないか、という報告も相次いでいる。関わっていないと断ずるにも証拠が足りていない。いたずらに大量の商品を売買したことは、ある意味では価格混乱に加担したとも言えよう」


(えっ?)


 まさかの相場操縦の罪を適応しようとするような発言に、商人たちはざわついた。

 代理人を挟んでまでして慎重に証券取引を行っていたのに、それが露呈するなんて計算外である。よもや誰かが密告したのだろうか。だがそんなことをする人物に心当たりはない。しいて言えば、計画の全容を知っているのは密命書を渡してきた王家側の中央官僚であるが、彼らが裏切るとは思えなかった。


 よもや死刑か。それとも身分剥奪による奴隷落としの刑か。

 一瞬走った緊張を、しかし続く裁判官の言葉が緩和させた。


「バスキア領は今回の混乱で大きな経済的損失を被った。大量の金貨をもって速やかに現状復旧すると、領主直筆の声明で国内外に喧伝して回っているが、それでも経済的混乱を完全に納めきれるかは不明である。よって諸君ら商人たちには、バスキア領に知識供与を行っていただきたい」


(なんだ、そんなことか……)


 要するに、会計顧問として働いてくれ、というだけのことだ。罪としてみればかなり軽い。

 簡単にまとめれば、バスキア領の会計業務を助けてほしいという話だ。

 聞けば、安全で快適な個室が与えられ、温泉も漬かり放題、マッサージも受け放題、美味しい食事も保障されているという。


 有罪だと判決を下されるのはちょっと予想外であった。それだけバスキア領主が強く処罰を望んだのだろうか。領主の顔を立てて忖度した判決なのかもしれない。


 いずれにせよ、間抜けな話だ、と彼は思った。満足げなバスキア城伯の表情も、この間抜けな状況をますます彩っていた。こんな処罰にも何にもならない判決で何をしたり顔になっているのだろうか。

 そもそも、会計顧問として指導にあたるということは、つまりである。


(おいおい、俺がバスキア領に放たれた密偵だったとしたらどうするんだ? こんなに簡単に、領地の機密情報を開示してしまっていいのか? それともバスキア領は、噂通りちょろい場所だったのか?)


 ――バスキア領の機密情報に触れることができてしまうではないか。


 マティーニ商会から来たこの男は、思わずにやりと口角を釣り上げた。

 つくづくバスキア領は脇の甘い相手である、と。


 だから、バスキア城伯の呑気な発言の意味が、最初はよく分からなかった。


「ちなみに君ら商人たちは、読み書きはもちろん、数字の計算も達者だと聞いているから、ノルマは普通の二倍ぐらいを設定してある。それに複式簿記に精通していると聞くから、信用決済の扱いも得意だと思う。ぜひうちの計算課の連中に、複式簿記の考えを伝授してあげてほしい」


(は?)


 最近、先物取引を大々的に導入したから信用決済の額が膨れ上がって大変だったんだ、この機会にきちんと会計知識も底上げしたいよね――なんてことを呑気に口にしていたが、その意味を正しく理解しているものはこの場にいなかった。






 ――この若い商人が、これから向かう場所が、かの有名な「バスキア監獄」であることに気付くのは、もっと後の話である。

 なお、数か月後、感情のごっそり抜け落ちた顔色の彼が、かろうじて持ち帰った貴重な"数字"の情報の数々は、"バスキア領だからこそ実現できていた異常値であり、そう簡単に活用できない"――として商会関係者を落胆させたというのも、また有名な話である。



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