表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/90

第49話 偽造困難な契約書の作成・叙勲と"難民保護卿"の名前

 3175日目~3201日目。

 かねてより研究していた、魔術刻印を施したスクロールを"契約書代わり"に流通させることにした。

 重要な点は、偽造が困難であること、そして契約書の効力を我が領地が保証すること――である。


(契約書の各所に魔力を流し込むことで独特な模様が立体的に浮かび上がる構造にしてある。契約を交わす甲乙と、それを保管する第三者の丙で、それぞれ同じ模様が浮かび上がることになっており、偽造困難だ)


 紙の"透かし"を施しており、さらにはスクロールの素材で魔術回路が構成されている。つまりスクロールの一部を切り取ったり別の紙と継ぎ接ぎすると、それがたちまちに発覚してしまう。

 インクも特殊なもので、平たく言えば魔石を細かく砕いてまぶしてある。光をあてると光り方が違うので、偽造防止に役立つ。

 このスクロールの頑丈性、そして特殊性たるや、なんとバスキア工房秘伝の釉薬を塗って表面を炙り焼いて、独特の色を付けることもできる。これもスクロールに仕込んだ魔術のおかげである。こんな技術を再現できる場所など、大陸でもバスキアぐらいであろう。


 複雑な模様の印章、隠し文字、透かし――重要書類の偽造防止の技術の変遷は、ひも解くとかなり長い歴史になる。一方で、バスキアには迷宮森林による潤沢な紙資源がある。

 細工が得意なドワーフと、バスキア魔術研究所のスクロール研究のおかげで、とうとう偽造困難な契約書の作成にまでこじつけることができた。


(あとは、チマブーエ西方辺境伯の名代バスキア領主と、セント・モルト白教会大司教の両名で、契約書の効力の保証をする、と宣言を行えばいいな)


 契約書があっても、契約の効力を保証するものがいないと意味がない。

 重要な契約は第三者が保証人として入る。公的な契約も然り。

 そうでない簡易な契約は、それこそ印章が偽造されていないかとか、契約書書面を差し替えられていないかとか、契約書自体が偽造されていないかを確認することで実効性を確認している。


 今回新たに作った契約書は、その第三者の保証人として、バスキア領が介入することを意味していた。


(といっても、バスキア領に契約書を持ってきてくれたら偽造かどうか確かめるよ、契約書を送ってくれたらそれをバスキア領でも保管するよ、としか言ってないけどな)


 この契約書は、今のバスキア領の状況を一気にひっくり返す一撃になる。

 並行して、チマブーエ辺境伯による政治工作が上手くいけば、俺を取り巻く環境は大きく変わるであろう。


("こんな画期的な契約書は見たことがない、偽造困難とはすばらしい、これから契約書の保証人になってくれるからバスキア領を取り潰すのはやめよう"――そんな程度で済むだろうか? もっと恐ろしいことに気付いてくれるだろうか?)


 賽は投げられた。あとは結果を待つばかりである。




 3202日目~3224日目。

 またもや王国議会による嫌がらせの決議が下った。内容は叙勲。要するに俺を褒めたたえたいらしい。だが内容がまったく喜ばしくなかった。


(難民らの保護と領地発展の栄誉を称え、ここに名を与える。"難民保護卿"の名を授ける、だと……?)


 後から知ったことなのだが、我が領地には飢饉は一度も訪れていない。

 四年前は大イナゴの大群が王国を襲ったらしいが、多分全部スライムが食べてくれたのだろう、そんな事件はバスキアには訪れなかった。

 一年前は大日照りだったらしいが、用水路が発達しているので農業に特に支障はなかった。

 他にも疫病がちょっと流行ったりしたようだが、我が領地ほど清潔な場所もそうそうないわけで、特に悩むことはなかった。

 あっさり書いてしまっているが、俺も特に意識したことはなかった。そういえばそうなんだ、ぐらいの認識である。呑気なものだが、豊かで清潔なバスキア領でずっと暮らしているので微塵も気付かなかったぐらいだ。


 おかげで、赴任以来一度も民を飢えさせたことのない名君、とか何とか王家に褒められて、大綬章を叙勲されてしまっていた。

 俺が参加していないうちに勝手に叙勲式が進んでいたらしい。勝手な話である。

 しかもその場で、"生活に困窮した難民たちを、我がバスキアは差別することなく受け入れる"と英雄的な発言をしたことになっている。おかげでどんどん難民たちが我がバスキアの領地に押し寄せるようになってきた。


("難民保護卿"なんて名前を付けやがったせいで、難民の受け入れを拒否できねえ……。知らなかったが、叙勲ってこんな嫌がらせに使えたのかよ、クソ)


 流石は中央貴族、こういう政治工作はお手の物というわけだ。王家も王国議会の決議に異論を挟んでいないので、実質黙認というわけだ。

 本当にこういうことばかり上手なやつらである。


(そりゃあ、チマブーエ辺境伯から事前に聞かされていたさ。難民受け入れはいかがですか、って。確かに困りはしないんだけど)


 居住する家は簡単に建てられる、食料は余裕がある、事務仕事はたくさんある、水資源も豊かである、難民が押し寄せて来たことによる住民たちとの諍いや治安悪化問題もスライムのおかげで抑止できる。

 そんな特殊な状況なので、難民がいくら来ても特に困るわけではないのだが――これが普通の領地であれば、相当な嫌がらせになったに違いない。


(いいさ別に。一度犯罪者たちをたくさん受け入れたし、同じようなもんだ。人数は多いけど、罪を犯した倫理観のない連中じゃない分まだましだ)


 とはいえ、考えもなしに監獄に詰め込んでいけばいいというわけではないので、受け入れるなら計画的に受け入れたいのだが。

 いっそ、難民保護卿、という名前を捨てたいぐらいである。


(仕事は無限にあるから人が増えるのは別にいいんだけどさ、そうじゃなくて、また間諜対策が難しくなってしまうんだよなあ……)


 おそらく、大量の難民に紛れ込んでうちの情報を調べに来るような間諜を招き入れてしまうことになるだろう。

 馬脚を露す奴も何人かはいるだろうが、優秀な奴はちょっとやそっとでは炙り出すことができない。難民は犯罪者たちと違って監獄に閉じ込めて行動を監視することもできない。

 せっかく戸籍管理で我が領地に紛れ込んだ間者を浮き彫りにしようとしている段階なのに、今度は難民経由で別の間諜を送り込んでくるなんて――これも見越しての"難民保護卿"という名づけなのだとしたら、敵ながら頭の回るやつである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読者の皆様の暖かいご支援が筆者のモチベーションとなっております。皆様に心より厚くお礼申し上げます。
勝手にランキング:気が向いたときにクリックお願いします

▼別作品▼
鑑定スキルで人の適性を見抜いて育てる、ヒューマンドラマ
数理科学の知識を活用(悪用?)して、魔術界にドタバタ革命を起こす、SF&迷宮探索&学園もの
金貨5000兆枚でぶん殴る、内政(脳筋)なゲーム世界のやり直し物語
誰も憧れない【器用の英雄】が、器用さで立ち回る冒険物語
付与術師がレベル下げの抜け道に気付いて、外れスキル大量獲得!? 王道なろう系冒険物語
房中術で女をとりこにする、ちょっとあれな冒険物語

作者のtwitterは、こちら
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ