第48話 王国議会への対策・薪の消費量の抑制・染め物の研究
3130日目~3158日目。
(王国議会の決定事項、いろいろ条件を付けて時間を引き延ばしているものの、いつかはきちんと手を付けないとまずいよな……)
バスキアが周辺領地の下水問題を一手に引き受けて、それを解決するという決定事項。もとい、いつの間にか決定事項にされてしまっている無茶苦茶な注文。こういうのは多数決とは言わない。政治的工作というのだ。
王家は中立。というよりもこの無茶苦茶な決定を静観しているということは、実質黙認しているということだ。
当の本人である俺が不参加の中で決まった内容ではあるが、果たして子爵ごときが、中央の宮廷貴族やらを含めて決まった決議を覆せるだろうか。
「……ま、のらりくらりとかわすけどな」
あれから、チマブーエ辺境伯と話し合ったが、この件についてはかなり対処が難しそうであった。下水工事そのものが難しい、という話ではない。問題はそこではない。
こんな無茶苦茶な議決が強行採決されてしまうような状況がまずいのだ。
もし仮に工事を完遂させたとしよう。それでもバスキア領はきっと平気だ。経済的な出費はさしたるものがないし、領地経営への差しさわりも大きくはない。となれば今度は、また別の趣向の嫌がらせを押し付けてくるに違いなかった。
全ては、発展しすぎているバスキア領の足を引っ張るための妨害行為。非常にげんなりする話である。
本来、王国議会に求められている政治的な議論とは、よりよい世の仕組みを検討して、今ある問題を解決する――そういった建設的なものだと思う。だというのに、どうにも腹の立つ奴の足を引っ張るための決め事になっている気がする。
明け透けな妨害を前に、チマブーエ辺境伯は難しい表情で一つの提案をしてくれた。
曰く。
"バスキア領の足を引っ張るふりのできるものを教えてください。例えば私は、あなたに難民を押し付けようとしています。でもバスキアは人手が増えてさほど困らないでしょう。――そういったものを目くらましに使って時間稼ぎをします。その隙に、あなたを陞爵させます"
陞爵。つまり出世だ。おそらく伯爵位を受けるのだろう。
だが陞爵なんてしても意味がない、と俺は思ったが、チマブーエ辺境伯によると違うらしい。
"今までの歴史です。子爵程度の貴族のお家取り潰しはあっても、伯爵一門のお家取り潰しは歴史上稀です。降爵も珍しいことです。同じく、王国議会による露骨な内政干渉も少なくなります。中央貴族たちは、そんな前例を作りたくないはずです"
"……?"
"バスキア城伯。あなたは今、僻地の子爵だから舐められて好き勝手されています。ですがここで、仮にも伯爵になってみなさい。伯爵相手でも王国議会を通じて、好き勝手に内政干渉できる……となるでしょうか。恐らくならないでしょう。
そんな前例を認めてしまうと、危険だからです。あなたの想像以上に、貴族には後ろ暗い連中がいるのですよ。賄賂も然り、暗殺もしかり。僻地の伯爵や、爵位の低い宮廷貴族たちは焦るでしょうね。敵が多い人だと尚のこと焦るでしょう。叩けば埃が出てくるような連中です"
本来、僻地の子爵相手でも内政干渉はしてはならないのだが、今やその取り決めも形骸化している。
しかし伯爵ともなると、流石に影響は無視できなくなる。よく分からないが、子爵と伯爵の間には何やら結構大きな"格"の差があるらしい。その一線を超えたくない貴族がたくさんいるらしい。伯爵領地への内政干渉を前例として許すと、まず真っ先に中央貴族の派閥争いが激化してひどいことになる、と。
(……俺の敵が多い、という根本的な問題は解決されていない。だが有効な手立てのようにも聞こえる)
伯爵位を授けるともなれば、さすがのチマブーエ辺境伯でも根回しに時間がかかると言っていた。
となると、当面の俺のやるべきことは、根回しにかかる時間を稼ぐこと。時間稼ぎなら得意である。
それにしても、中央貴族から軽んじられているということが、これほど苦しいこととは思いもよらなかった。今まで外交政治を軽んじてきたしっぺ返しを喰らっているわけだ。かといって外交政治に積極的に取り組もうともならないのが難しいところである。
(だけど、そんなに簡単に陞爵できるだろうか?)
できますよ、と辺境伯は簡単に言ってのけていた。
何となれば、あの大司教を枢機卿に据えてもいいですね、なんて物のついでに言っていたほどである。
(……そりゃあ、俺には切り札があるさ。偽造困難なスクロール。こいつの応用方法について、俺もいくつか思い浮かばないわけではない)
果たして、俺の思い浮かべている策と、辺境伯の思い浮かべている策が一致しているかどうか。俺ならこうするが、彼女ならどう切り抜けるだろうか。
3159日目~3174日目。
バスキア森林迷宮の開拓を丹念につづけた結果、エルフやゴブリンシャーマンたちも知らないような新しい知見についても、徐々にバスキア領に蓄積されつつあった。
例えば。
誰も見たこともない新しい果実や、新種の薬草をネズミへの投与実験で試してみたり。
他にも、木の皮や花びらを煮込んで作る染物をいろいろと試して、今まで危険なことをして作っていた鮮やかな染め物をもう少し簡単に作れないか試してみたり。
草を与えて育てる家畜と、新しい薬草の関係を調べたり(やたら興奮する、発情期に入って子供をたくさん産むようになる、胃痛で苦しんでいた家畜を助ける、など)。
(エルフが協力的なのも、バスキアの開発の後押しになってくれているよな)
材木をむやみやたらと切り倒さず、植林活動まで支援してくれるバスキア領の領地経営方針のおかげなのか、エルフたちもバスキアの発展に協力的である。お互いの薬学・農学・魔術の技術交換や交易を行うことで、エルフたちの暮らしぶりも徐々に豊かになっているようである。
むろん、文明にかぶれすぎることは悪いことだ、と古いエルフからは一定の距離を置かれている。
それでも交流の断絶ではなく、比較的良好な関係がつづいているのは我がバスキアの美点である。
(栄えている割に、薪の消費量は少ないもんな……本来、エルフからすると貴族ってのは居住区域の侵略者だが、俺のような領主は相当珍しいのだろう)
何せ、温泉から湯を引っ張ってこれるので、湯を沸かす薪の消費量が少なくて済む。
用水路を拡張して、バスキア洞窟迷宮・火山迷宮へと接続しているため、火山迷宮で温めた水は一般人でも簡単に使えるようになっている。公衆浴場やマッサージ施設が消費する薪の量はこれで格段に下がった。
他にも、一般家庭が料理に使う火なら、レンズによる太陽光収斂を活かした共同調理場(太陽光をレンズで集めて分厚い鉄板を熱しておくだけ。パン窯みたいにするのは難しそうだが、簡単な炒め料理や煮物なら不可能ではない)で薪を節約できる。
加えて言うなら、反射率の高い鏡を使って太陽光を集めて、クッキーやドライフルーツを作れるような設備も誠意研究中であり、近々これを世に出す予定である。
塩の精製にしても天日干しのみ。薪の消費はない。
それに元々、バスキア領で調達する木材資源は、植物系統の魔物を中心にすえて領地経営していたので、エルフの住まう森林そのものへの負担が少なかった。
これだけ栄えている領地でありながら、薪の消費が抑制されているのはバスキアの自慢できる点である。
(……染め物、もっと研究してみようかな。バスキア工房と親和性が高いし)
バスキアの場合、スライムのおかげで川を汚さずに染め物ができる。
衣服の流行もバスキア工房で作り出すことができれば、非常に美味しいことになる。
すごく下らない話だが、お祭りの場を利用して、容姿端麗なエルフにファッションモデルになってもらえたら、それだけで衣服の宣伝にならないだろうか。それを利用して染め物の衣服をどんどん輸出することができれば――。