第47話 戸籍謄本作り・監獄への事務作業の委託
3097日目~3102日目。
バスキア領の空気がここのところ不穏だが、スライムを信じてどんどん内政を進める。
"犯罪奴隷ばかり受け入れて、治安が不安だ。領主様は領民のことを鑑みないお人だ"、"日夜ひどい人体実験を行っているという噂がある。子供をさらわれる恐れもある"、"いいように言われているが、実は冒険者として無能だったから追放されたらしい"――そんな噂が領内でも流布されるようになって、どうにも気分がよくない。
(まあ、積極的に噂を流している人間を炙りだして、スライムを飲み込ませりゃいいからいいんだけど)
恐らくだが、中央貴族の間者が紛れ込んでいる可能性が高い。
俺の理想としては、その諜報員を二重スパイに仕立て上げて、他領地への情報工作を仕掛けたいところだ。
念のため、バスキア港にある伝書鳩以外の手段で、他領地に手紙を送るようなそぶりを見せたら、即刻、その人間を取り調べることにする。これも、スライムがいるからこそできる強引な手段だ。
(せっかくのことだ。間諜を炙り出すために、戸籍謄本を作るか)
事務仕事が増えるが仕方がない。せっかくなので、バスキアにやってくる罪人たちにも苦労してもらうこととする。
3103日目~3129日目。
バスキア領の犯罪が少ない理由の一つに、懲役がつらい、というものがある。
単純な作業はほとんどスライムが担っているが、その代わりにスライムができないちょっと難しい作業は、罪人にどんどん振ってくる。それがバスキア領の産業の形だった。
例えば、頑丈な紐を作る作業もその一つ。織物を作ることも、料理のレシピの研究も、虫の観察も、金属道具の疲労耐久実験や強靭度調査も、実は罪人が行っている。
ちなみに、スライムにうまく仕事を覚えさせることに成功すれば、その仕事からは解放される――という条件になっているが、一か月の休養ののちにまた新しい仕事が振ってくるので、結局しんどい思いをするのは変わらない。
それでも一か月の休みのために、仕事の内容を必死にスライムに覚えこませようとしてくれるのだから、ありがたいものである。
(事務作業をどんどん罪人に任せられるのも大きいよな)
気の狂いそうな仕事の一つに、バスキアの事務仕事が上げられる。
バスキアは製紙が盛んである。だからこそ、いろんな情報を紙に残しているのだが、この調査がまた面倒なのだ。
帳簿の数字の確認。法律の複写。契約書の複写。内政記録の複写。そして様々な記録のうち、紛失や齟齬がないか書類整理を行ったり、誤って書類紛失があったときにその間を前後の数字から補完したり、囚人同士で作業内容の相互チェックを行ったり。倉庫の入出庫管理記録簿の後追い矛盾調査なんかもその一つだ。
囚人に任せているのは、領地外に流出するとまずいような貴重な情報の塊なのだが、まあ、監獄から外には出られないので、ある意味安全である。街灯をちょっと改造した室内灯が監獄を明るく照らしているので、昼夜関係なく仕事ができる。最高の環境だ。
だがここで大きな問題がある。ほとんどの罪人は文字も読めないし、数字も分からない。
ではどうするか?
関係ないのだ。スライムを飲み込んでもらった以上、しゃかりきになって勉強してもらうしかない。
意味が分からなくても複写はできる。複写の複写もできる。体力があればできる作業だ。
文字の間違いがあったら一ページ丸ごとやり直しなので、文字の形ぐらい身体で覚えるはずだ。文字を覚えたらミスを確実に減らせる(間違っている文字の形に自分で気づける)ので、自発的に覚えるはずだ。
働かなかったら懲役は減らさない。役務に服していないのだから、懲役を減らす意味がない。懲罰としての役務なのだから、役務を果たさないと懲役は減らさない。
よってミスだらけで一ページも進まなかった囚人は懲役が減らないことになる。
(数値の変化をわかりやすくグラフ化する仕事も任せたし、この理屈で無限に仕事を増やせるよな)
俺の思いつき次第で、彼らの仕事は無限に増える。
例えば今回も、彼らには「戸籍謄本」を作ってもらうことになった。
バスキアの住民たちに、名前と家系図と住所を書いて提出してもらった紙を、彼ら罪人にまとめてもらうのである。相互確認は必須。
矛盾があれば必ず再調査して報告。
区画ごとの住民の数字を別々の人間同士で集計して、齟齬があれば再計算。
――存在しない家系や存在しない住所を騙っている人間は、間諜である恐れが高い。そうやって他領地からの諜報員を炙り出すのだ。
これぞ、王国でも大貴族の領地ぐらいしかやっていないとされる恐怖の事務仕事。
戸籍謄本に紐づけて、土地管理の帳面、租税の帳面も管理できるので、便利といえば便利である。
(事務作業をしっかり行うと、人手なんていくらあっても足りなくなる。いっそのこと王国中の罪人をバスキア領に送り込んでほしいよな)
余談だが、バスキア領では飢え死ぬ人はいない。
仕事に困っている人がいたら、ほぼ必ず事務作業(複写、帳簿の矛盾調査)をあてがうことにしているからだ。
服務期間は任意だが、スライムを飲み込んでもらい、監獄に住み込みになり、監獄から出ていくときは一切のものを身に着けられない、という条件で、どんな人間であっても必ず食い扶持にはありつけるようになっている。
そして思い知る。
罪を犯すと、懲役期間が明けるまで、ここから逃げられなくなると。
バスキアの治安は、柄の悪さに反してとてもいい。
野次や暴言が飛び交い、喧嘩が頻発し、それでも犯罪は不思議なぐらい発生しない。
それは、殺傷沙汰になる寸前で即座に取り締まる恐ろしいスライムの力だけではなく、服役後の懲罰の恐ろしさもまた、一役買っているのだった。