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第46話 諜報活動の成長・寄生虫の研究・不穏な王国議会案

 3020日目~3048日目。

 長らく放置してきたが、バスキアの諜報組織もそれなりに形になりつつあった。

 かつて諜報員たちには、他の領地の市場調査や、市民議会の議論内容を手紙で送ってくる仕事をお願いしていたが、最近は風説の流布も実施してもらっている。ちょっと意外だったのは、元行商人で今バスキアで商会を開いている商人たちが、思ったより協力的だったことだ。


(恩義だろうか? それとも俺に貸しを作りたいのか? よくわからんがまあ、手助けしてくれる分には文句はない)


 自慢ではないが、バスキアは諜報戦にとても弱い。人の出入りが活発すぎるのだ。

 領地経営の土台も盤石ではなく、歴史ある家格の貴族と比べると周囲との関係構築も浅い。諜報組織なんて全くと言っていいほど成熟していない。歴史も浅ければ権謀術数を生き抜く経験も浅い。しかも俺が周囲に敵を作りすぎている。

 こればかりはチマブーエ辺境伯に甘えるわけにもいかないので、自前で何とかしないといけない。


 そんな中、元行商人であるバスキア商人たちの手助けは非常にありがたかった。

 他領地の地形、大まかな特産品、今の為政者の噂、情報交換に役立つ酒場、よく利用していた情報屋の居場所と合言葉、等々。

 流石は元行商人、機に敏いだけはある。破格の低利子で多額のお金を融資したうえで、店舗と倉庫を廉価で貸し与えた見返りがこうも早く返ってくるとは思ってもいなかった。


(おかげで、バスキアにとって不利な噂が立っていようと、いち早く補足することができるし、逆手にとって"それはバスキアの成長に嫉妬したアイツの流した噂らしいぞ"と火消しもできる)


 これで必要最低限だろうか。

 まだまだ心許ないことは承知の上だが、それでも打つべき手は打っている、つもりである。




 3049日目~3071日目。

 魔物の家畜化や魔物料理の研究を進めてしばらく。当初は意図していなかったことだが、副産物として寄生虫の研究が随分と進んだ。

 というのも、生食実験でひどい食あたりに苦しむ人間を多く観察できたからである。

 いずれも治験に参加してくれた罪人のおかげだ。彼らには感謝しないといけない。


(特定の魔物は寄生虫に寄生されても問題ないがそれはなぜか、とか、ゴブリンやコボルトが苦しんでいた病気が実は病気じゃなくて寄生虫の仕業だった、とか、そういった事実も明らかになった。魔物食の研究のつもりがこんなところにつながるとはな)


 寄生虫の研究については、先行研究が少ない。

 謎の症状で人が死んでから、その死体を遺族の合意の元で解剖してようやく新種が判明するからである。その一方で、今から謎の食べ物を食べます、それでお腹が痛くなりました、じゃあ食べた物を調べよう……で調査ができるのは素晴らしい。


 面白い例では、シカの食するカニが寄生虫を持っていたという事例があった。

 同じ種類の魔物なのに、症例がはっきりせず調査が難航したが、川辺に住んでいるか川辺に住んでいないかで分けてようやく判明した例である。


(命に関わらないのだったら、拷問にも使えるな)


 研究結果については、そっくりそのままチマブーエ辺境伯に共有してもいいかもしれない。スライムがいるバスキア領ではもっといろんな拷問ができるが、そうでもない他の貴族にとっては意外と有用な情報かもしれない。




 3072日目~3096日目。

 王国議会で、非常に興味深い議案が可決されたという。なんとバスキア領についての議案だ。

 全く俺の参加していない議会なのに、バスキア領の処遇について議論しているのは驚きだ。

 気になるその内容が『バスキア領ならびに周辺領地における下水工事の認可と実施について』という題目だった。


(ええと、バスキア子爵の過去の仕事である、王都下水道の清掃の貢献、ならびに自領地内の用水の見事なることを鑑みて、これを賞賛する。よって周辺領地である、アルチンボルト領、ボッティチェッリ領、デューラー領、ブオナローティ領、これらとバスキア領をつないだ大掛かりな下水用水路の工事を認める……だとさ)


 要するに周辺領地から下水を送るから処理をしろ、ということだ。

 そして工事は全部バスキア領の負担だという。なんという嫌がらせだろうか。

 仮にもバスキアは、温泉資源の豊富な観光名所でもあり、貿易の重要な拠点でもあるのだが。


(普通の領主だったら、自分の領地が悪臭がひどくて敵わない街にされたら大いに激怒すると思うがね)


 しばし考える。

 断ってもいい無茶な提案だが、断るとやや損をする。王国議会の決定事項を断ると、中央貴族との対立がひどくなる。王国議会の決定事項を踏みにじるとは、つまり王国議会の権威を毀損するということ。書面付きの物的証拠が残り続けるのもよろしくない。


 こうなると、王家の打診に従っておけば楽だったかもしれないなと思う。王領であればこんな無茶な議決を採られはしない。前回、王領にならないかという国王直々の打診を断ったところだが、まさかこんな形で嫌がらせをされるとは思ってもいなかった。


 しかし、これを実現するには、バスキアまで道路に側溝を掘って下水を引っ張ってくるか、もしくは、各領地で下水を処理できるような設備をつくることが必要になる。

 そして前者はやりたくない。道脇の溝から匂いが漂って、辺り一帯がひどい悪臭に包まれること間違いなしだ。せっかく道路を舗装して他領地と交易しやすくしているのに、そうなっては困る。


 では後者を実施することになるが、その場合、他の領地の下水施設にスライムの分離体を大量に派遣する必要がある。

 不可能ではない。以前、チマブーエ辺境伯の用水路を工事したときに、似たようなことを実施した。

 だがしかし、どうにも引っかかる。何か落とし穴はないだろうか、と。


(……あ、スライムの分離体を捉まえて研究したいのか!)


 もしや、と考える。

 中央の議会の連中の狙いが、俺の使役するスライムの解明そのものだとすれば。

 話の筋が、通っているような気がする。


(無茶苦茶な提案だ! こんな無理難題を押し付けるような勅命、戦争を起こされても仕方がないぞ!)


 時が来たか(・・・・・)、と俺は苦い気持ちになった。だが、バスキアの兵力はあまりにも心許ない。海賊に陸戦を強いることになるし、弓兵に至っては50人程度しか抱えていない。

 兵力が少ないからこそ、舐められているのかも知れないな――そこまで考えたとき、ふと、スライムが肩に載っていることに遅れて気づいた。

 相変わらず何を考えているか分からない表情。興味津々とばかりにのぞき込まれているような気がする。俺が怒っているのがそんなに珍しかっただろうか。


 取り乱してしまったな、と深くため息をつくと、もう一枚手紙が届いていることに気が付いた。署名はチマブーエ辺境伯。


 "王国議会の件ですが、策はありますか? なければ、条件付きであれば可能、と返して様子を探りましょう。不可能と断って議決に反発した証拠を残すのではなく、あくまで条件が決裂した形にして、従おうとした姿勢を見せるのです ――チマブーエ"


(……なるほど、さすがのチマブーエ辺境伯も打つ手はなし、ということか)


 適切な助言ではあったが、それだけに悔しいものがある。

 いつも快刀乱麻の切れ味の解決策を導き出せる辺境伯が、このような常識的な対応にとどまるということは、つまり、今のバスキアは相当状況が悪い、ということなのだ。


(諜報活動に力を入れるのが、遅かったよなあ……)


 深いため息。俺の機嫌を伺うようなスライムの様子が、やけに心に沁みた。





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