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第45話 ガラス工房の発展・スクロール研究および各種魔術研究の発展

 2959日目~2991日目。

 バスキア工房のブランド名がそろそろ世に広く知られてきたころ。そろそろバスキアのガラス工房の商品も目玉商品に押し上げてやろうと俺は考えた。

 かつては、ガラス細工の加工技術もそこまで高度ではなかった。しかし、手先の器用なドワーフを技術顧問に据えて、さらに製鉄工房の作る鉄製品の職人道具も充実させた結果、ガラス加工技術も徐々に伸びつつある。


(こうみえて赤字の時期もあったけど、ずっと投資し続けてきた結果、バスキアのガラス細工の技術も随分と育ったよなあ)


 特筆すべきはスライムだ。表面をつやつやにする研磨も、彫刻などの難しい加工も、全部スライムがやってくれる。

 一方、芸術的なガラス細工の造形を考案したり、色ガラスの材料を混合する配分を考えたり、スライムでもできないような魔術的加工(術式を刻み込むなど)を行ったり、スライムに伝えきれなかった精緻な細工の後仕上げをするのは、全部工房の職人の仕事だ。

 バスキアのガラス細工は、そのほとんどが生活魔術を施された魔道具でもある。しかし飛びぬけて高価すぎるというわけでもないため、かなりの人気を博している。


(まあ、バスキアのガラス細工は他の領地では真似できないぐらい特殊だもんな。スライムが面倒な部分を全部やってくれるから、工房の職人はより高度な技術に特化できるわけで。安価なガラス細工を作ることができるのは、この分業制のおかげだもんな)


 今、工房の職人たちは新たな売れ筋商品を作ろうと必死に議論を交わしている。

 例えば。

 口が極端に狭いガラスの容器の中に、決して取り出すことができないガラスの球体を一つ。中のガラス玉には、虹色につやつや光る虫の亡骸を閉じ込める。

 他にも、水と砂を入れた砂時計。色つき砂の比重を変えることで、砂時計をひっくり返すたびに綺麗なグラデーション模様が何度も出来上がる。

 このような難しい加工も、スライムがいれば簡単にできるのだという。


(まあ、俺が放っておいても新しい売れ筋商材を作ってくれるなら、特にいうことはないや)


 今までは、やたらとつやつやで均質な石造りの調度品を輸出し続けて"上品"なブランドイメージを作り上げてきたバスキアだが、ここいらで華やかなガラス工芸品を輸出しても面白いだろう。

 それに新商材なら、今バスキア領地で育てようとしている子飼いの商人たちに捌かせてもいい。新商材は話題性も大きいし注目も集めるはず。うまく売りさばくことができれば、若い彼らにとっても莫大な儲けにつながるだろう。




 2992日目~3019日目。

 大精霊祭の記憶も懐かしくなってきたころ、俺はふと思い立ってとある場所に出向いていた。

 すなわち。


「これはこれはバスキア子爵殿! ワシら老いぼれに何か用ですかな? 死霊術の研究成果なら、もうしばらく時間がかかりそうかと」


「いや大した用じゃないんだ。俺も魔術師の端くれだからね、たまには勉強しようかと」


 王都では満足のいくポストがなく、よい環境を求めてバスキア領にやってきた老学者たち。あるいは、中央では研究が認められず、こちらにやってきた若い魔術師たち。そういった連中を集めて、我がバスキア領では研究所を設立している。


 研究内容も少々特殊である。あらゆる学問を幅広く、とはいかないので集まった人員で決めている。

 王道は錬金術。そこから派生して、薬学や解剖学、さらには死霊術なども研究している。魔物の調達が容易で、解剖もスライムが簡単に行ってしまえるという特殊な事情に、珍しい薬草が手に入るという今のバスキアの環境が後押ししていた。


「して、他の領地から調達する犯罪者の数を増やせませんかな? 治験の協力者を増やしたいのですがの」


「ああ、その辺は比較的うまく交渉できているよ。特に、デューラー男爵とブオナローティ男爵なんかは前向きだった。犯罪者は全部押し付けたい、ぐらいに思っているらしいし、好都合だ」


 老学者のお願いに、俺は前向きな言葉で答えた。悪い言い方をすれば人体実験だ。両者合意の元で行っているので法律上全く問題ない。だがこれこそバスキア領の強みでもある。


 ――犯罪者。


 大陸各国の法律では、犯罪者はその罪に応じて刑罰を受ける。

 それが鞭打ちなどの体罰なのか、罰金なのか、はたまた拘禁になるのかは、法律の決め次第である。

 だが多くの場合、拘禁施設は維持費もかかる上、脱走騒ぎを招いたりするし、時には刑務官に賄賂を贈って囚人と外部の人間が秘密裏につながる等の問題もあって、あまり監獄を持ちたがる貴族はいない。監獄があると治安が悪くなる、なんて言われたりするぐらいだ。

 なのでほとんどの場合は、犯罪奴隷として刺青を入れた上で、どこかの鉱山とかに労働資源として売り飛ばすのが関の山だった。

 わざわざ監獄に犯罪者を閉じ込めるような領主は、それこそ伯爵領、公爵領、王領など、格の高い領地であったり、白の教団の大司教領など宗教的な領地ぐらいである。


 一方、バスキア領では、珍しく監獄を設けている。

 スライムのおかげで、石造りの設備を作る費用も、脱獄防止の見張りの費用もほとんど気にしなくてよいし、監獄内の衛生もスライムのおかげで清潔に保たれるからだ。

 監獄を備えているおかげで、他の領地から「犯罪者を引き取ってくれ」と言われることもたまにある。本来なら鉱山採掘やらに服務するところを、何らかの事情でそうできない、訳ありの犯罪者というわけだ。


 そういった次第で、我が領地バスキアには結構な凶悪犯がやってくる。

 地方で権力を思うがままに貪った悪徳役人なんかも来る。強引に設備を破壊して脱走を何度も企てる凶悪獣人なんかも来る。懲役千年、なんて冗談みたいなやつも送られてくるぐらいだ。


(多分、中央貴族の連中は俺への嫌がらせのつもりで、そういった訳ありの犯罪者を押し付けているんだろうけど、むしろ助かるんだよな)


 あるいは、あのクソ大司教(最近大司教になったらしい)の工作のおかげかもしれない。『観光でも交易でも順風満帆なバスキア領に嫌がらせをしましょう、ついでに皆さんの負担になっている凶悪犯を押し付けるのです』みたいなことを吹聴している……ような気がする。中央に恩を売りつつ、俺にも利する、いい扇動だと思う。


(いずれにせよ、脱走も叛乱も絶対にできないしな。犯罪者が送られてくるたびに、うちの労働資源だけがどんどん増えていく。空気はまた悪くなるけど、まあ、なんだかんだ上手くいってるしな)


 閑話休題。


 バスキア魔術研究所では、他にも魔道具に刻んでもらう魔術刻印や術式を研究してもらってもいる。

 刻印記号の組み合わせは、エルフやゴブリンシャーマンと一緒に研究してもらい、さらには俺本人も白銀級の実力をもって監査する。すべてがすべてではないが、こうやってたまに領主自らが監査するという姿勢を見せることで、不正な研究を弾くという狙いがある。


「で、魔術刻印や術式の記号体系化は進んでいるのか?」


「それが、古代基層言語の研究はさっぱりですな。やはり文献が少ないので、もっと取り寄せなければなりませぬ。大陸共通語や典礼言語、比較的浅い時代の言語について進めるのがよいでしょう」


「だろうな……」


 もしかすれば、スライムの名前の意味もわかるかと思ったのだが、そう簡単ではないらしい。

 だが、魔術刻印や術式の記号化の研究にはもっと他の狙いがある。そちらが上手くいっているのであれば文句はない。

 すなわち、巻紙(スクロール)の作成だ。


「ところでバスキアの紙は気に入ったか? スクロール研究という名目で、研究所にはかなり安価で卸しているんだが」


「ええ! 非常に! ワシからすれば、どうやったらこんなに安価に、そして大量に紙を作れるのか気になりますな」


 老学者が目を輝かせた。

 魔術スクロール研究のためなら、紙をどんどん無駄遣いし放題。研究費が余ったらスクロール研究をするように。

 そんな名目でたくさんの紙を与えたところ、面白いことにスクロール研究が飛躍的に発展した。


 紙が高価だった他の研究施設では、理論で証明された術式のみをスクロール化して実証試験を行っていたところ、我がバスキアにやってきて"勘では上手くいきそう"という術式もどんどん実証試験を行った結果である。否、直感的には上手くいきそうでなくても、しらみつぶし的に実験を行うこともできるし、疑わしい結果が出たときも簡単に追試を行うことができる。


 結果、極めて高度な魔術スクロールがどんどん生まれている。

 どれもこれも、紙が安価かつ大量に生産できるようになったおかげである。


(それにバスキアだと、迷宮のバカほど広い空間を魔術研究に活用できるしな)


 迷宮開拓の一環で、どう活用しようか悩むぐらい広い空間が出てくるが、その時は、倉庫だけでなく魔術研究用にも活用している。

 王都だと王家に申請が必要だった危険な魔術も、バスキアでは自由に研究できる。スライムか俺の立ち合いがあれば問題はない。

 だから、魔力暴走が心配な危険な術式も、威力が広範囲すぎてまともに実験できない術式も、どんどん迷宮の広い空間でやってしまおう、という話だ。


(治験、安価な紙、危険な魔術を使ってもいい広い空間。あとは時間さえかけたら、魔術研究もどんどん発展すると思うがどうだろうか)






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