第44話 罠の強化・狩りによる弓兵の練習・商流網の延伸計画・共栄作物の研究
2915日目〜2933日目。
バスキア領に多数仕掛けた落とし穴の罠について、再び見直しと効率化を行った。
シカやカモシカのような複雑な胃をもつ生き物は、食べたものを反芻できるので繊維質の多い植物を食べる。しかし単純な構造の胃をもつイノシシらは反芻をしないので、消化のよい食べ物を求めて、人の育てる農作物を狙う。
かつてのバスキアはというと、たった一人の猟師頼りであり、害獣に狙われようが打つ手なし、という悲惨な状態だった。
そこで俺は、スライムと一緒に落とし穴をアホほど掘りまくり、結果、害獣の被害をぐっと抑えることに成功した……という歴史がある。物量は正義だ。イノシシ、オオカミ、イタチ、ネズミの被害が目に見えて減った。人力では到底掘ることができないってぐらいやたらめったら落とし穴を作った甲斐があったというものだ。
今もなお落とし穴は機能している。やはり物量は正義。
だが、スライムが力を持て余しているようなので、罠をより強固にすることにした。
(まずは、落とし穴にスライムの分離体を潜ませる。これで、落とし穴に足を引っかけただけの魔物や、落とし穴に近寄っただけの魔物でも無理やり引きずり込んで始末できる)
発想は極めてシンプルである。スライムを落とし穴に待ち伏せさせるだけ。
もののついでで、食べられない部位の内臓、細かい骨、生き血、筋ばった肉、などをスライムに食べてもらい、美味しい肉、薬になる内臓、頑丈な皮など、有用な部位は解体して街に運んでもらうようにした。血抜きも完璧、解体もばっちり。一度教えたことはしっかり遂行してくれる。本当にスライムは器用である。
スライムも腹を空かせているので、魔物をどんどん食べられるようになって喜んでいるはずだ。
(これであとは、木の上に住む魔物や空を飛ぶ魔物だけ気にすればいい)
地上の魔物は落とし穴で対処できる。では落とし穴に引っかからない魔物はどうすればいいか。
答えは、弓を使える者たちに狩らせればよいのだ。
(何度もバスキア領で弓術大会を開いているからなあ。我が領地では弓の腕前に覚えのあるやつが大体50人近くいる。空飛ぶ魔物の狩りは、彼らの練習にもってこいだ)
こう言っては何だが、空を飛ぶ魔物を狩るのは、弓で遠くの獲物を狩るいい練習になる。
連中は動くし、風の影響も考慮しないといけないし、射線が木の枝やらで通ってないこともしばしばある。
障害物に潜んで狙い射ることや、移動しながら射るのは、かなり実戦向きの練習だ。朝露に濡れてぬかるむ悪路で足を踏ん張るのも一つの経験である。
バスキアには兵力がいない。ほとんどスライム頼りだ。だが、ゆくゆくはスライムに頼らない、ある程度小回りの利く兵力も確保したい。そのために、俺は今弓兵たちを育てている。バスキアの弓兵といえば恐怖の代名詞、ぐらいになってくれたら言うことなしだ。
(まあ、バスキア森林迷宮もいい加減やたらと広くなっちゃったもんな……魔物の大群発生に備えて、これぐらいはするさ)
火山迷宮のときの二の舞にならないように。
備えあれば憂いなしとはこのことである。
年々、バスキアの森林は拡大傾向にある。おそらく、森林の中心にあるバスキア森林迷宮から漏れ出ているマナの作用だと睨んでいるが、森林の発達に伴って魔物の量も増えつつある。
落とし穴の罠をより強固にし、魔物の肉や皮の調達をより簡単にし、さらにバスキアの弓兵の訓練も実施して、とやるべきことはやった。これで当面の魔物対策は心配ないだろう。
2934日目~2958日目。
チマブーエ辺境伯におそわった共栄作物をバスキアの農業に導入する。
共栄作物というのは、農作物の近くで育てることで、互いによい影響を与え共栄しあうとされる植物の組み合わせを指す。俺は全然知らなかったが、野菜類とハーブにその例がいくつかあるらしい。
(授業料は高くついたがまあいい。チマブーエ辺境伯の領地まで続く大掛かりな商業道路をバスキア領の負担で工事することになってしまったが、まあ、うちのスライムにかかれば安いものだ)
チマブーエ辺境伯の要求は、かなり豪胆であった。普通に実施すると、国が傾くほど大掛かりな規模の土木工事。当然国王の承認印も必要となる。というよりも、過去に例を見ない常識外れの工事だ。
多分、何かしらの政治的やり取りがなされた結果なのだろう。"バスキアが最近調子に乗っているから懲らしめる意味で国策を一つやってもらいましょう、もちろんタダで"とか何とか政治的やり取りがあったのかもしれない。
だがこの話、意外と悪くない。
スライムはもちろん、土木工事に伴っていっぱい地面やら不要石材やらを食べられるから喜んでいる。
俺にしてもまあ、バスキアの貿易港 ~ 都市バスキア ~(中略)~ チマブーエ辺境伯領地までの大規模な商流網が作れるなら、どう考えても美味しい話なので、提案に乗るしかない。
多分、道路利用料として多額の税金を王国に納める形になるのだろうが、それでもバスキア領にとっては十分に利になる。
もちろん、自領地の農業知識をちょろっと教えるだけで港までの道路が手に入るチマブーエ辺境伯が、一番おいしい思いをしているのかもしれないが。
閑話休題。
さて、本題に戻って共栄作物である。組み合わせにはいくつかの代表例があるらしい。
一つには、キク科、セリ科、シソ科など、強い香りを持つ植物。
農作物を食い荒らす害虫は、自分の好みの植物を探す際、多くは匂いに頼る。そこでこれらの強い香りを持つ植物を混作すると、それを嫌う害虫はそばに近寄らなくなるという。有名な例では、キャベツなどのアブラナ科の野菜と、キク科・セリ科の野菜との相性がいいとされる。
他にも、ネギ科の野菜。
農学の研究によると、ネギ科の植物の根には、拮抗菌と呼ばれる菌類が存在するらしい。その菌の作用かは不明だが、ネギ科の野菜と混作すると、野菜が根から病原菌にやられるのを防いでくれるのだという。ウリ科の野菜のように根の浅い植物には、同じく根の浅いネギが、ナス科の野菜のように深く根を張る植物には、同じく根の深いニラが相性が良いとされる。
また、原因が不明で研究中のものとしては、葉ネギとほうれん草、葉ネギとカブの混作が知られている。
理由は不明だが、ほうれん草のえぐみやカブの苦みが抑えられて、やや甘い口当たりになるとされる。
(いままであんまり深く考えずに、とりあえず輪栽式農業をまわしてきたけれど、これを機にもっと効率化を図ってもいいかもしれない)
ということで、全部領主代行のおっさん(アドヴォカートっていう名前らしい)に丸投げする。共栄作物の混作における主な注意点とか相性が良い組み合わせをまとめた書物をそのまま渡して、いい感じに進めてくれ、と一言。おっさんはかつて見たこともないぐらい渋い顔になっていたが、領主命令ということで飲み込んでもらった。
これはスライムにはできない仕事だ。スライムにも限度がある。土を耕したり、出汁ガラの骨を骨粉肥料にして土に撒いたり、害虫の卵や害虫を見つけ次第食べたり、病気になってしまった野菜を食べたり、そういったことは任せられても、「どれぐらいの配分で組み合わせたら効率が良いか」を研究することはできない。なのでひたすら記録を取り、収量の増減や病気の作物量の調査などを続けてもらう必要がある。
それにしても、領主代行のおっさんもえらく老けた気がする。苦労しているのだろうか。賃金には糸目をつけず、しっかり払っているつもりなのだが。