第43話 第二章プロローグ これまでの振り返り・錬金術士の誘致
2876日目~2891日目。
尚書官たちが、バスキアの歴史の編纂に手を焼いていた。どうやら今までのバスキアの歩みを一度整理しなおそうとしているらしい。ちょうど俺も手が空いていたので手伝うことにした。
(思えば領主になってから、いろんなことがあったものだな)
振り返ると、バスキアに来てからの七年は激動の七年だった。
何もない辺鄙な地。野盗も海賊も跋扈する最悪の治安。歓迎しない村長と怠惰な村民。ごくたまに訪れる行商人頼りの、ほとんど機能しない商流網。
王国中央から派遣されたまともな貴族領主なら、これで"詰み"である。打つ手なし。ほとんど手立てがないし、そもそも誰も動いてくれないという方が正しい。
しかし俺は違った。食いしん坊で働き者のスライムがいた。
全ては、クソバカでかい岩と木を運び込むところから始まった。
地勢調査のついでに石材と木材を調達し、落とし穴含めた罠を多数設置し、道路の舗装と用水路の整備を始め、耕地をやたらめったら増やして新農法を試し、村民の家具や調度品を一新し、行商人らに高価な調度品を売りつけつつもバスキア工房のブランド名を喧伝し、魔物の家畜化や魔物料理の研究を進めて、野盗も海賊も蹴散らして併呑し、祭りを定期的に開いて弓の名手や腕力自慢を少しずつ雇用し、領地内の迷宮の調査と開拓をどんどん推し進め、ドワーフやエルフと手を結んで互いに技術供与を行い、貿易港を開港し、老学者らの研究しやすい環境を整えて学術研究の活性化を図り、迷宮の空間を有効活用した倉庫貸し業を始めて大商会たちと渡りをつけて、金貸し業も発足させて、挙句の果てには、人類ではじめて大精霊を発見するという偉業を成し遂げた。
ここに書いていないことを抜き出してみても、塩田開拓、製鉄工房の設立、品種改良した農作物の作付け、脱穀機や馬車の改良、ゴブリンやコボルトを利用した薬草の採取と仕分けの効率化、バスキア料理の実演販売、マッサージ業の発足、収穫から脱穀までの作業の半自動化、定置網漁の実施、製紙業の発足、卓上遊戯の考案、土壌改良、街灯の設置、植林の開始、ガラス工房の新設、レンズ作りの発足、不要な関所の廃止、干物の生産開始、靴作り工房の発足、温泉業の発足、と手がけたことは幅広い。
(どれもこれも、スライムのおかげだよな。俺と契約してくれた高位階梯の不思議なスライム。読めないけれど、/ˈʌndiːn/という立派な名があることは、俺だけが知っている)
にゅるん、とスライムが俺のそばに身体を伸ばして引っ付いてきた。
最近はどうにも、スライムが甘える回数が増えた気がする。前から気まぐれな奴だったが、ここ最近は暇になったら都度都度甘えてくるようになった。
ちなみに、あ、暇なんだ、と思って仕事を渡すとふてくされる。なので、スライムが甘えたいときは邪魔してはいけなくなった。
(果たして、こいつに結婚という概念が理解できる日は来るんだろうか)
もし彼女がその概念を理解できたなら、多分喜んでくれると思うのだが。それとも俺の思い上がりだろうか。
2892日目〜2914日目。
「錬金術の工房がほしい? まあ別に構わないが急にどうしたんだ?」
「それが、各地の錬金術士たちから、精霊の見つかった聖地で研究をしたいと申込みが殺到してまして……」
部下からの報告に、俺は生返事でいいよと返した。魔術師がたくさん来てくれるのは助かるのだが、こうも都合がいいと拍子抜けしてしまう。
老学者たちを好待遇で雇っていることが幸いしてか、老学者たちの人脈をつたって、今や錬金術の研究者がバスキアに集まりつつあった。
何故錬金術なのか、と少し考えて理由がわかった。ガラス器具と冶金技術と薬草である。
繊細な薬品の調合のためには、煮沸消毒などで滅菌処理された清潔な器具が必要である。
それに、反応性の高い劇薬はすぐ金属と反応してしまうため金属器具で保管するのが難しく、ガラス器具で保管する必要がある。
加えて、薬品の保存性を高めるために密封できる容器を作ろうと思ったら、ガラス器具はその有力候補に入る。
そして、ドワーフから技術供与を受けている製鉄工場がある。特殊な鉱物や金属の扱いにも長けたドワーフのおかげで、希少な鉱物系の錬金材料についても、きちんと保管し取り扱う知見がバスキア領に蓄積されつつある。
さらには、エルフやゴブリンシャーマンの作る珍しい薬がこの地に多数ある。ゴブリンとコボルトが目利きをして選別する薬草についても、そもそも王都では体系化されていない有用な薬草がいくつかあるはずだ。
こう考えてみると、バスキアは錬金術士にとって理想的な土地なのかもしれない。
(錬金術の街、という触れ書きもいいな。もっと積極的に錬金術士を誘致したいものだが)
せっかく精霊が見つかったのだから、それを全面的に押し出したいものである。それもちゃちな精霊ではなく四大精霊なのだ。どうせなら錬金術だけと言わずにあらゆる魔術師にも来てもらおう、と俺は思った。