第41話 第一章エピローグ 新たなる波乱の予感
2812日目~2840日目。
理由は不明だが、何故かスライムにやたらと怒られてしまった。どう表現すればいいのか分からないが、とにかく彼女はご立腹らしい。
そういえば、演説の際にやたらと落ち着きがなかったような気がする。
『いいかスライム、聞いてくれ。歴史上初となる、精霊の契約を称える演説があるんだ。そこではきっと精霊をこの上なく褒めたたえるだろう。そして精霊と契約者が将来にわたって永久に良い関係であり続けるよう儀式を行って願うんだ。
そして俺はその大役を任された。新しい旗のデザインもそこで発表する予定だ。きっとこれからも未来永劫、バスキアは語り継がれることになるだろう』
伝わっているのか伝わっていないのかよくわからない。
そもそも、契約者と魔物の意思疎通は、言語ではなく、感覚だとか感情だとか、ぼんやりした程度のものだ。魂同士がつながっている、その根底でのみやり取りが交わされる。当然、正しく意思疎通が図れることはまずないと思っていい。
だが、とりあえずスライムに事情を伝えた後、驚いたように核を震わせて、うにゅうにゅうろちょろ動いていたような気がする。
演説直前も、やたら身体をにょーんと伸ばしたりぷるぷる震えたり、俺にしがみついてきたりとよくわからないことをしていた。なんだかシュザンヌにちょっと似ているような気がした。不安だったのだろうか。
ともかく、俺はスライムを肩に張り付けたまま演説を行うことになった。
『此度は王国より、新たなる家紋と紋章を下賜った。バスキア領地の旗は、歴史上初となる精霊の顕現を称え、ここにその精霊の称号を刻む!』
やたらスライムの核がどきどき震えていたのを覚えている。
だが俺は用意された原稿通り、演説を遂行した。
『――そう、この地は誉れ高き祝福の地、火の精霊の地、バスキアと!』
そしたら。
しばらくぽかんとしたようにスライムが動かなくなって。
ちょっと遅れて、突然えらい剣幕で怒られてしまったのだ。理由は不明だが、なんだか恥ずかしがっているような感じだった。本当によく分からない。
上手いたとえが思いつかないが、今から結婚発表します、というそぶりを見せておいて全部嘘でした、みたいな騙し方をされたら、俺もこんな風に怒るかもしれない。
全くもって、意思の疎通が中途半端で言葉が上手く通じないのは厄介である。
(結局あれこれと機嫌を取るうちに許してもらえたっぽいんだけど、あんなに怒るんだな、スライムって)
あんなに豊かな感情表現ができるなんて――と、新しい一面を見られてちょっとだけ嬉しかったのは秘密である。
2841日目〜2874日目。
喜ばしい祭典の後ではあったが、俺は王国に反逆することになってしまった。
――バスキア領を、王国領としたい、という打診を断ったためである。
冷静に考えると、このバスキアの価値は高まりすぎてしまった。
道路も貿易港も保持しており、水路も完全に近いほど整備されている。その上、資源の産出できる迷宮を二つも抱えている。社交界への露出こそほとんどないものの、バスキア領は徐々に存在感を増しており、王国貴族たちが無視できない存在になってきている。
極めつけに、このバスキアは世界で初めて精霊が確認できた聖地となってしまった。今や大陸の全土がバスキアの動向に注目をしていた。
これを以って、非常に厄介な難癖をこれでもか、とばかりに吹っ掛けられることになってしまった。
白の教団の過激派連中が「精霊が現れたる聖地を人が治めるとは何事か、教団が管理するか、もしくは教団の洗礼を受けて恭順を示せ」とかクソどうでもいいことを喚き始めたり。
通商連合の大豪商が「こんな立派な領主が婚約者もいないとは! 我が娘との婚姻を是非に!」と、断っているにも関わらず婚約の押し売りを我先と始めたり。
冒険者ギルドの連中も「こんな広い迷宮を、ろくな領地軍もなしに管理しようとは危険すぎる! よってギルドの特殊管理区域に指定させていただく!」と俺の許可もなしに管理区域令を発出したり。
何かを勘違いした王国貴族の連中も「子爵なら、寄る辺となる貴族が必要だろう! チマブーエ辺境伯だけじゃなく、私にも頼れ!」とか、恐喝に近い強引な勧誘を始めたり。
事態があまりに急展開すぎただけに、ほぼ抑えが効かず、てんやわんやの事態となってしまっていた。
どれもこれも、俺が政治的外交に無関心すぎたのが悪かった。
舐められすぎているのだ。
そこにきて、国王からの打診である。
お前ではこの問題を解決できまい。だが、王家の名前を使えば問題を一つ一つ解決できるだろう。だから、この領地を国王領としないか。
お前は王宮貴族として伯爵位をもって取り立ててやろう、そしてこのバスキアの地の都督に改めて任ずる、だから今までとほとんど仕事は変わらないしここで悠々自適に暮らす権利もある、と。
――言葉はいいが、要するに、バスキアを寄越せと言っているのだ。
(なんだか筋書き通りのような気がするんだよな。王家の連中がわざと混乱を加速させているようにも思うんだが)
実質的には王家からの命令であったが、俺は断った。
チマブーエ辺境伯のやり口と違って、こっちはどうにも虫が好かない。上手く言語化できている気はしないが、嵌めようとするようなやり口は俺の性に合わない。
なので、いかに国王の言葉であったとしても、ばっさりと断ったわけである。
「……ふむ、余の言葉に従わんか。その意気やよし。幸多からんことを祈ろう」
国王は残念そうに苦笑していた。とても名残惜しそうな、どこか寂しそうな微笑みだった。
その後の王の言葉はよくわからなかった。口だけ動いて、声には出さなかったのだろう。だが俺の目が間違っていなかったら、こう読み取れた。
――茨の道だな、と。
2875日目。
大精霊祭が無事終わり、これでバスキアにも平穏が訪れるかな、と思っていた矢先のことである。
王家から、あまりうれしくない連絡が来た。いわゆる勅命である。
視察の結果、伯爵領とほぼ同等の経済能力があると見なされて、王家に治める税率を引き上げられてしまったのだ。しかし権限は子爵位のままである。
(……へえ、そう来るんだ)
勅命の後ろには、俺のことをほめたたえる辞令がまぶされていたが、そんなのはどうでもいい。要するに、王国領にならないのならば搾り取るぞ、というわけである。王家はどうにか俺に首輪をかけたいのだろう。きっと王家だけじゃなく、他の王国貴族だとか、冒険者ギルドだとか、豪商だとか、教会だとか、そんな外野の連中も、同じ思いなのだろう。
全くもって煩わしい限りである。
今の俺は、どんな顔をしているだろうか。
スライムがきょとんと俺のことを見ていた。大体いつもは目が合うと微笑んでくれるのだが、今日は微笑んでくれなかった。多分、俺の方が不穏な表情を浮かべていたからかもしれない。
いっそ、国でも興してやろうか、と。
そんな思いが脳裏を一瞬だけかすめて。
――不思議と、口角は吊り上がっている。
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■あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございました。ようやく第一章のエピローグを迎えることができました。
四大精霊を発見し、大陸を揺るがすほどの歴史的事件にもなっているこのバスキア。新しく貿易港が開かれたばかりなのに、観光地・保養地としても魅力的になり、精霊様の聖地巡礼にも使えそうな素晴らしい土地になりました。
あまりの急成長ぶりに、王家からはかなり露骨な牽制をかけられています。
中央貴族やら大商会やら白の教団やら冒険者ギルドの動向も、どこかしらきな臭くなってきております。
一言だけ、本当に一言だけ「チマブーエ辺境伯のとりなし」としか触れていませんが――実際に辺境伯のとりなしのおかげで、目に見えるほどの過激な対立は起きていませんが――アシュレイ視点で見えるよりも、はるかに深刻な政治的対立? が起きています。
ここから先は、徐々にその"対立"が明るみになる展開になります。ですが、きっと常識にもしがらみにも囚われないアシュレイと、大抵のことをやりとげてしまうスライムならば、そんな些事を飲み込んでしまうことでしょう。
一つネタバレすると、富くじ(=宝くじ)を拡張させた概念が、大陸の経済を大きく揺るがすことになります。教会の大司教公認で、かつ"精霊の聖地のご利益がある"という権威性が、悪魔のような働きをします。
(※という予定です)
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