第39話 バスキア火山迷宮の発見④
高位階梯の魔物ともなってくると、契約を交わしてくることが極稀にあるという。古の時代では龍と契約した英雄などが有名である。
そういった魔物は、伝承種だとか幻想種だとか言われることもあり、とにかく大陸をくまなく探してもほとんど例を見ない。契約の形式も全然明らかになっていない。
中には無理やり伴侶にさせられてしまう例もあるらしい。とにかく何が起きるのか分からないのだ。
「よかったなシュザンヌ、お前、蜥蜴に気に入られたみたいだぞ」
「ふえ……」
爬虫類があんまり得意じゃないシュザンヌは、ちょっと泣きそうな顔になっていた。蜥蜴にぺろぺろ舐められるたびに肩をびくつかせる彼女は、何だかちょっと微笑ましかった。
全てが終わってしばらく。
結局、火山迷宮の核はバスキア領で回収し、スライムと蜥蜴の餌にすることになった。王家に献上することも考えたが、やたらと二匹に抵抗されるので、やむなしと考えたのである。
スライムもそうだが、燃える蜥蜴も随分と食いしん坊だった。日輪の剣ガラティーンを食べそうになったときは、シュザンヌが慌てて止めていた。
火山迷宮には慎重に調査が入ることになり、チマブーエ辺境伯の指示のもと、念入りに安全性を確認することになった。迷宮二つが繋がってしまうという大事件が起きたので、当然と言えば当然である。
幸いなことに、核を一つ破壊した後は、迷宮の活動はかなり緩やかになったため、問題なく開拓が再開される見通しだ。迷宮が広くなった分、産出される資源の量もちょっと増えている。
ちなみに、冒険者ギルドもほぼ同時に安全調査の探索者派遣の打診を出してきたが、面倒なので断っておいた。こちらが助けを要請したときはやたらと初動が遅かったくせに、資源開拓の利権に噛みたいからと今更になって出ずっぱってくるとは、随分と虫のいい連中だ。こういうときだけ準備が早いのも癇に障る。
迷宮倉庫から搬出した荷物は、再度関係者に説明し直してから、迷宮の中へと搬入し直すことになった。迷宮を拡張してできた空間を倉庫として活用するのは良いアイデアだと思ったのだが、今回の件では色んな関係者に多大な迷惑をかけてしまった。
結論から言えば、預かった荷物を全部そのまま迷宮の中に取り残しておいても何ら問題はなかったのだが、そんなこと分かる訳もない。搬出と再搬入の混乱で紛失した物品、破損した物品、迷惑料、それらで結構な出費が発生した。
ただし、間抜けな奴らは炙り出せた。この機会に契約書面を改竄して、存在しない物品の紛失を偽装して吹っかけてきた性根の腐った商会については、どんな豪商であろうと真正面から戦うことにした。チマブーエ辺境伯と共に、どう料理してやろうかと検討中である。
そして、火山迷宮と洞窟迷宮が繋がったおかげなのか、バスキア領にはさらなる副産物が得られた。
それは即ち。
(――源泉が見つかった! やったぞ! 温泉を作ることが出来るじゃないか!)
俺は内心で喝采を上げた。温泉はちょうどほしいと思っていたところだ。
普通の水源と違って温泉は、病原菌がほとんど潜んでおらず、身を清めるのにとても適している。金属由来の成分が多く溶け込んでいるので飲用には適さないことが多いが、それでも温泉があれば、それ自体で観光資源になる。
適当な効用を吹聴して、湯治の一大名所としてバスキアを盛り上げてしまえれば、由緒正しい大貴族やら豪商やらが足を運んでくれる可能性がある。
今までのバスキア領には舗装された道と大きな港だけしかなかった。交易が栄えているが、それだけだった。祭りはたくさん開かれているが、領地そのものの魅力には乏しかった。
それが、温泉が見つかったとなれば話は変わってくる。自然豊かで経済的にも活気のある温泉街。治安良好で催事多し。航路も陸路も整備済みとあらば、一気に魅力的な観光地になる。
――バスキア温泉と、バスキア旅館の経営。
エルフに教わった薬湯だとか、ドワーフと共に作った露天風呂だとか、とにかくやりたいことはたくさんある。どうせなら貴人のみしか入れない秘湯を作ってもいいだろう。石材調達も建立も清掃もスライムにやらせたらコストは全くかからない。
先立って作ってあるマッサージ施設との相性も抜群で、きっと好評を博すに違いなかった。
(……振り返ってみたら、大きな収穫があったな。迷宮同士がつながった時はどうしたものかと思ったが)
一日の政務を終えて、ベッドに深く沈み込みながら、俺は大きく息を吐いた。
自分で蒔いた種ではあったが、とにかく忙しい日々だった。全てが終わってしまうかと思ったが、結果オーライである。ようやく枕を高くして眠ることができるというものだ。
俺にべったりとのしかかってくるスライムの核を抱きしめながら、俺は蕩けるような睡魔に身を任せた。
2787日目。
朝がきて、スライムに肩を揺すられて起こされる。珍しいこともあるものだな、と思って目を覚ましたら、部下から山のように報告が来ていた。
どうやら例の騒動が思ったよりも大きく広がっているらしい。チマブーエ辺境伯が頑張ってとりなしてくれていたようだが、事態は国王を巻き込む話になっているとのこと。
そもそも、俺とシュザンヌの二人で無力化した迷宮の主は、相当格上の存在らしい。確かに、名持ちの魔物の中でもかなり強い方だと思ったが、特別指定種、幻想種のみならず、禁忌指定までつく可能性があるという。
このバスキアの地に偶然いた古代言語の学者いわく、「原初の火」と強い関連が見られる魔物だとのこと。この学者の爺さんが、かつてその分野の権威だったようで、急いで王国から調査員が派遣される見通しである。
(なんでそんな偶然、学者の爺さんがいるんだ……?)
一瞬呆けたが、冷静に考えたらそのような学術関係者の誘致施策を取っていたのは俺だった。
老齢になって王立研究所での勤務もつらくなってきた研究者たちに、支援金を潤沢に提供し、質のいいガラスの実験器具やら、精度の高い眼鏡やら、上等な紙やら、研究しやすい環境をやたらと整えてあげて、とりあえず片っ端から声をかけまくっていたのを思い出す。
忙しすぎて全て部下に丸投げしていたが、いつの間にやらそんな大物を釣り上げていたらしい。知らなかった。
というか、俺のように好待遇で爺さん婆さんを雇ってくれる場所が意外にも限られるようだ。
確かに、歳を取った研究者は、貴族の家庭教師になるか、何かしらの研究機関の名誉顧問になるか、そのどちらかが叶わない場合、研究功績に応じた勲等年金に頼った生活になる。食うには困らないだろうが、自腹を切って趣味で研究生活をするにはちょっと厳しい。
趣味で研究を続けたい連中にとっては、バスキア領の環境は破格だったようである。
(いや、そんなことはどうでもいいな。国王が動いているってどういうことだ……?)
考える。
大陸六傑の一人、"太陽の聖騎士"シュザンヌは、王国の外交手札の一つにも数えられるほどの存在である。
そして、そんな彼女が幻想種にして禁忌指定の魔物と契約を結んだことになる。確かに国の一大事かもしれない。
だが、それでもチマブーエ辺境伯の手に余るような事態には思えない。国王が動く理由が全然わからない。いつも通り、すんげー英雄だから王都に呼んで凱旋式をしようじゃないか、でいいと思うのだが。
「……あ、四大精霊……!?」
気付く。
瞬間、怖気が走った。
幻想種で禁忌指定。この世の根源の一種、原初の火と縁の深い存在。
それで、王家も抱き込んだ大騒動に発展しているとなれば、もうそれぐらいしか思いつかない。
あの蜥蜴。もしや、四大精霊なのではないか。