第36話 バスキア火山迷宮の発見②
2783日目~2786日目。
あれからも、色々と俺の領地にいちいち驚いて「よくわからないよお……心配だよお……」みたいな反応をしていたシュザンヌだったが、それはそれである。
迷宮探索に繰り出せば、彼女はたちまちに頼れる女騎士と一変する。
「なるほど、アシュレイがマッピングしてくれた地図と今の地形で、それなりに誤差が出ているな。浅層はともかく深層へ進むにつれて迷宮蠢動が顕著に見られる。典型的な活性迷宮だな」
「ああ。一応活性化を抑えるために、魔銀の楔を何個か打ち込んでいるが、完全に沈静化できてるわけじゃない。遠からぬ内に手を打ちたい」
「なるほどな……」
火山迷宮に足を踏み入れた俺とシュザンヌは、非常に速いペースで迷宮探索を進めていた。“英雄”指定の探索者だけはある。流石に彼女は手慣れていた。
剣の鞘で壁をこつこつと叩きながら、シュザンヌは辺りを見回してから言った。
「しかも、深層部の壁面に古代基層言語らしき文字が刻まれている。恐らくはアシュレイの読みどおり、“名持ち”の魔物が迷宮の守護者として待ち受けているだろうな。古代基層言語の知識が全く無いので、私にはどんな守護者なのかわからないが……」
「すまんが、俺にも読み解けなかった。火の魔物だとは思うんだが……」
話すがら、死角から四つん這いのトカゲの魔物が突如飛びかかってくる。
だがそれに合わせて天井からスライムが現れて、水の網でトカゲの顔面を捕らえてそのまま天井へと叩き付ける。顔だけで体重を支えることになったトカゲは、水による窒息と頸椎への過度の負担に藻掻き苦しみ、そしてそのまま動かなくなった。
あざやかな仕事である。俺の相棒のスライムは、着実に俺の手口を学習してくれている。
おかげでシュザンヌの見事な抜剣術が、不発に終わってしまっていた。
「……いつも思うが、お前のスライムの使い方は凶悪だな」
「いやいや、無茶な要請に応えてくれるうちのスライムのおかげだよ。並大抵のスライムだとこんなに速く動けないし、水網の強靭さだって段違いだ」
天井からぬるりと降りてきたスライムが、またもや俺の首に抱きついて甘えてきた。暇になったらしい。油断してると首に噛み付いたりくすぐったりしてくるので、適当に核をくすぐってあしらっておく。
何だか隣から白い目で見られているような気がしたが、そんなに変だろうか。
「……ともかくだ」
軽く喉を鳴らして、シュザンヌは心して聞けとばかりに勿体をつけた。
「私とお前の仕事はあくまで威力偵察だ。迷宮の守護者とは、軽く戦ってそのまま離脱するぞ」
「分かっているさ。無理はしない。お前はしっかり中央に『英雄指定の冒険者をパーティ単位で派遣してほしい』と証拠付きで報告する、俺は冒険者ギルドに事の深刻さを再度伝える、そして万全の態勢で迷宮の守護者を討滅する……だな」
そう。今日の目的はあくまで威力偵察。迷宮の守護者の脅威を早い段階で明らかにするのが狙いだ。
もちろん、格の低い魔物であれば俺たちだけで討滅する。だがこれだけ活発に蠢動している迷宮の主である、あまり弱さを期待しないほうがいい。
「ああ。いざとなったら私の剣の“日輪解放”を行って、迷宮の壁ごと吹き飛ばす」
シュザンヌが剣をかちりと鳴らして応えた。
太陽の聖騎士の名は、伊達ではない。俺は彼女の鬼神の如き強さをよく知っている。