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第35話 バスキア火山迷宮の発見①

 2720日目~2749日目。

 領主になって七年近く。とうとう大きなポカをやらかしてしまった。

 山の洞窟迷宮をいつものように開拓してあちらこちらと拡張していたら、別の原生迷宮と繋がってしまったのである。

 後から発覚したことだが、バスキア山脈には洞窟迷宮の他にも、山頂近くの火口から入れる火山迷宮があったのだ。

 迷宮と迷宮がくっついたらどうなってしまうか。古代の文献によると、迷宮の歪みは極端に膨れ上がり、迷宮から生み出される魔物も増えて、周囲一帯は魔力的に不安定になってしまう。要するに、桁違いに危険になるのだ。


「俺がもし研究者だったら、貴重な魔力場のゆがみを調査できるぞと勇んでこの場に乗り込んでしまうかもしれないが……」


 残念ながら、今の俺はこの一帯の領主である。バスキア領を守る義務がある。よって、迷宮核が複数存在して不安定化している迷宮を安定化させなくてはならない。


 有名な学説として、迷宮核を特異点とするものがある。特異点を二つ持つ空間については、以下のように論じている。


 ある二点x,yが位相空間において位相的に識別可能であるとは、すなわち二点x,yが全く同じ近傍系を持たないことである。

 そして、迷宮核の近傍系は、位相的に密着空間であるため区別不可であり、擬距離空間と考えることができる。

 そもそも迷宮核が迷宮を作り出してしまうのは、この擬距離空間が"張られてしまう"からであり、外観から見たときの迷宮と、実際に迷宮に足を踏み入れてからの迷宮の大きさが異なるのはこの性質から導くことができる。そして、迷宮核が同じ空間で二つ緩くつながってしまう(≒同一のゾルゲンフライ直線状に位置する)ことは、迷宮核が空間に働きかける性質を考えると非常に危険なものとなる。


(早く片方を破壊しなければ、最悪、"位相の向こう側"の魔物を召喚してしまう)


 深淵をのぞき込むものはまた、深淵にのぞき込まれると言われている。

 深淵の魔物は、大国一つを滅ぼしかねない凶悪な存在である。ゆえに対処を間違ってはいけない。


 取るべき手は一つ。冒険者ギルドに所属している“英雄”指定の冒険者を派遣してもらい、火山側の迷宮核を破壊してもらう他ないだろう。

 洞窟側の迷宮核を破壊しないのは、今までうまく資源開発用途の迷宮として制御してきた実績があるからだ。火山側の迷宮核は制御できる保証がない。二つの迷宮核のうち、どちらを残すかは自明だ。

 そして迷宮制圧のためには、まずこの未知の迷宮の情報をより詳しく調べる必要がある。


 英雄パーティが来るまでの先行調査として、魔物の情報を調べつつ、迷宮深部への地図のマッピングと罠の有無などを簡潔に記していく。

 今まで見慣れた迷宮構造だったはずなのに、火山迷宮と繋がったためか、既にもう洞窟迷宮内部にも地形の変化が発生し始めていた。魔力の歪みは相当のものらしい。


(いよいよまずいぞ。仮にも白銀級の腕前の魔術師である俺と、この高位階梯のスライムだから難なく探索を進められているけど、この魔物の強さは、下手すると死人が出る)


 危機感が胸中に募る。どうにもよくない予感がする。根拠はないが、こういう悪い予感は大概あたる。

 とりあえず、あまり無理をしない範囲で探索を進めつつ、魔物の大群暴走(スタンピード)が起こらないように適度に魔物を間引く。焼け石に水かもしれないが、魔物の数を減らしておくのは大事なことである。

 さらに念のため、落とし穴の罠を多数仕掛けて、その中にスライムの分離体を潜ませる。魔物が急に大量発生したとしても、バスキア領に押し寄せてくるまえに罠に引っかかってスライムの餌になる、という寸法だ。


(……くそ、できれば冒険者ギルドの連中なんかに頼りたくはなかったが)


 反吐が出る思いだ。

 だが、個人的な感情を優先して判断を誤るほど、俺は愚かではない。




 2750~2781日目。

 金に糸目をつけない緊急クエスト。さらに"英雄"指定の冒険者がいるパーティのみの条件付き。

 発展めざましいバスキアの領地でそのようなクエストが出されたおかげか、王国全土でちょっとした話題になっているという。


(俺一人での単独攻略は控えた。もしかしたらできたのかもしれないが、慎重に対応するに越したことはない)


 火山迷宮の調査は慎重に、かつ丁寧に行っている。

 マッピング済みの領域について地形変化がないかどうかの確認調査はうちの部下に任せて、まだマッピングが完了していない危険な場所については俺一人がゆっくり調査を進めている。だが、昔取った杵柄というもので、大まかにではあるが迷宮の全容が見えてきた。


 恐らく、王がいる。

 迷宮の守護者――迷宮核を守る魔物として、特別危険種に指定される魔物が、最深部に待ち構えているのを感じる。


 魔物の急激な凶悪化は今のところ見られない。だが、迷宮は依然として日々変化を続けており、予断は許されない。


(参ったな、王の討伐は俺一人だと心許ない。やはりせめて、"英雄"指定の冒険者と協力しなくては……)


 駄目元で冒険者パーティを一つ指名している。もちろん彼らが協力してくれるかどうかは不明である。

 だが、彼らが協力してくれたらこの上なく心強い。俺が世界で一番信頼をおいている冒険者たちなのだから。




 2782日目。

 洞窟迷宮内にある倉庫スペースから預かり品の荷物を全て搬出して、暫定的に気の遠くなるほどの数の倉庫を建てて、今まで溜め込んできた資金のほとんどを吐き出して謝罪と賠償に応えて、てんやわんやの二ヶ月を過ごすことしばらく。


 冒険者ギルドからの回答が想定以上に遅く、緊急クエストの意味を本当に分かっているのか、と苛立ちと懸念で落ち着かない毎日を過ごしていた、まさにそんなときのことだった。


 ようやく、救援が来たのである。


「――すまない、中央のごたごたに巻き込まれて遅くなった! だが安心しろ、私にお任せあれ!」


 凛と通る声。いっそ暑苦しいまでの情熱的な言葉回し。

 うんざりするほどよく知っている。俺は、激動の二年間を彼女と共に過ごしてきたのだ。


 いつもと変わらない姿に、俺は懐かしさでいっぱいになった。


 太陽の聖騎士、Chevalier du soleil。

 日輪の剣に選ばれた、"英雄"指定の冒険者の一人。

 輝きの女、大陸六傑の一人、轟くその名は――。


「かつての仲間から名指しで懇願されたとあっては、応えないわけにはいかないさ。久しいな、アシュレイ」


「シュザンヌ……!」


【希望の架け橋】ポン・デ・レスポワールのリーダー、シュザンヌ・ヴァラドンが俺の元へと歩み寄ってきた。


 下手をすれば男よりも凛々しい面立ちの彼女は、まっすぐ俺に手を差し伸べて、そして口早に本題に入った。


「して、早速だがバスキアの領主に面通し願いたい。緊急クエストだというにも関わらず、中央の政治の関係で二か月も放置されていたのだ。さぞバズキア領の兵団は損耗が激しいだろう。それにも関わらず、派兵が認められたのは私一人だけだ。中央の都合でこのような運びとなって大変面目ない。せめて私の口からバスキア爵に直接お伝えして、誠意の限りお詫びしたい」


「え?」


「ん?」


 早速かみ合っていない気がする。懐かしい。そういえば連中との会話は大概嚙み合わなかった。

 全員どこかずれているのだ。アホウの架け橋、ポンコツポアールとか揶揄されていたのも今となってはいい思い出だ。


「ああ、いや、兵団とかは特にないんだ、この領地」


「え? ん? 子爵領地なのではないのか? 西方辺境伯の海軍提督とバスキア城都督を兼任する騎士がいると聞いたが」


 提督、都督とは大げさな言い方である。だが間違いないといえば間違いない。城伯とはそのような仕事だ。チマブーエ辺境伯のために海軍を率いる提督であり、砦となるバスキア城を守護する都督なのだ。

 だが、ご存じのとおり海軍なんてものは存在しないし、そもそもバスキア城なんて城はない。

 それにバスキアには騎士なんていない。一応、子爵兼男爵兼士爵だから、俺だけが騎士を名乗る資格がある。

 名ばかりで実がない。バスキアの現状である。


「聞いたとも。この未開の地に蔓延る凶悪な野盗団たちを蹴散らし、ヴィーキングの末裔と名高いヴァイツェン海賊団を根絶させた、屈強な兵団がバスキアにいると」


「あ、そうなんだ」


「あ、そうなんだ……?」


 シュザンヌが口元をわなわなさせ始めた。まずい兆候である。昔っから彼女は、俺のことを"突然やべーことをやらかす手間のかかる子"と認識している節がある。というか彼女の心配症を爆発させて泣かせたことが多々ある。


「大丈夫、安心してくれ、実をいうとそこまで魔物については心配ない。今のところ魔物の間引きは上手くいってるんだ。スライムを使って魔物を罠に嵌めて討ち取っている。だから大群暴走(スタンピード)が起こる予兆はまだない」


「え、え、あれ?」


「むしろ、迷宮に"王"がいることがまずい。王は俺一人では倒せる自信がない。だからみんなの力を借りたい」


「……俺一人? 俺一人!?」


 シュザンヌの顔がさっと青くなったかと思うと、急に目に見えておろおろし始めた。

 あ、これ駄目な奴だ、と直感した。もしこの場に他の【希望の架け橋】の仲間がいたら、またやってるぜあいつら、とばかりに笑われていたかもしれない。


「お前、一人で未知の迷宮探索してたのか!! お馬鹿!!」


「お馬鹿って……一応言っとくと、一人じゃなくてスライムも一緒だ」


「一人じゃないか!!」


「いやだって白銀級の冒険者なんて俺しかいなかったし、活性化した不安定迷宮の探索の知見があるのはも俺ぐらいだからな。マッピングなんて慣れたもんだ」


「もう、もうっ、……もう!!」


 牛かよ。そう思ったがさすがに口にはしない。

 なぜか彼女は半泣きになっているが、正直心配しすぎである。


「というか、バスキア領って実はまだ設立して七年しかたってない新領地なんだ。領主軍もろくにいないし、弓の名手が二十人ちょっとってぐらい。海軍はまあ、ヴァイツェン海賊団、メルツェン海賊団を併呑したからその戦力をまるっと使えるけど、それぐらいかな。だから、迷宮探索については俺が一番詳しいし、俺が進めるのが安全だ」


「なんでアシュレイは! 自分をもっと! 大事にしないんだ!!」


「ほら、俺のスライム。こいつがいるから結構安全に――」


 にゅるん、とちょうど地面からあらわれて俺の背中にぴっとりくっついてきたスライムを紹介する。

 だが突然出てきたのがまずかった。「うひゃあああっ!?!?」と叫び声を上げて腰を抜かした彼女は、驚きのあまり息を切らしてぼろぼろに泣いていた。さっきまで半泣きだったのを驚かせたのだからそりゃ泣く。ぐずぐずになっていた。


「な、なんでそんな意地悪するの……っ」


「意地悪してないが」


 ひんひん言ってるシュザンヌを見ていると、なぜか罪悪感と変な気持ちが湧いてくる。スライムのやつが勝手に出てきただけなのに。ちょっと納得がいかない。

 スライムもちょっときょとんとしている、ような気がする。俺と目が合ったが、彼女は目をぱちくりと開いたままだった。

 鼻を鳴らしながら、シュザンヌがまだ何か言いたげな顔を作って、だがそれをぐっとこらえたようにしてから口を開いた。


「も、もういい、心配して損した、アシュレイなんて意地悪されてしまえ、私は領主とお話する」


「えっと、すまん、それなんだが」


 涙をこぼして駄々っ子のようになってしまったシュザンヌの腕をつかんで、身を起こす手助けをしてあげる。

 ちょうどいい、と思って俺はそろそろ正体を明かすことにした。


「遅れてすまない、実は俺、バスキアの領主をやってるんだ。まるでバスキア領主と連名で緊急依頼を出したように見えたかもしれないが、あれ、一つで俺の肩書と名前なんだ」


「んひえ……」


 シュザンヌの口元があわあわ覚束なくなっていた。目元にまたたっぷり涙を浮かべている。色々と訳がわからなくなってパニックになっているらしい。何故。


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