第33話 金貸し業の発足・自領内の商会優遇・靴作り工房の設立
2624日目~2657日目。
ここにきて、金貸し業を発足させる。
領地収入が比較的安定してきたのと、人件費と土木工事費をほとんど使わないせいで、今やバスキア領は金余りになりつつあった。加えて、港ができたことで物流も活発化している。こんな順風満帆の状況だからこそ、融資に力をいれようと考えたのである。
(他のところから大手商会を誘致するんじゃなくて、自分の領地内の商業を育てていくのも重要だよな)
今回、バスキア港の商流に食い込んできた商会は、ほとんどが大手商会である。政治力も人脈も、弱小領主の俺なんかを遥かに上回る。当然、契約の交渉がうまくいくはずもなく、俺はほとんどいいように利用されるだけとなった。やはり百戦錬磨の強者、向こうの方が一枚も二枚も上手である。
そこで俺は発想を逆転させた。有利な関係で取引できる商人を、自らの手で育てていけばいいのではないか、と。
ある程度顔が広い行商人を中心に、自分の店を構えたいと考えている商人たちに資金を融通して、さらに格安で店舗も倉庫も提供してあげる。うちの工房の商材もある程度割安で卸して売って、彼らを育ててあげるのだ。
倉庫の貸出なんてもののついでだし、店舗の建設もスライムが土木工事のほとんどを行ってくれるので、全然人件費がかからない。バスキア領で一旗揚げたい商人からすれば至れり尽くせりだが、別にうちの立場からすればそれほど身を切っていない。
(バスキア領には、領地外に顔の効く味方の商人がいない。今回うちに流入してきた大手商会たちは、本拠点を別の領地に抱えているし、他にも太い客をいっぱいよその領地に抱えている。そうじゃないんだ。バスキア領に本拠地を構えて、バスキア領から他の領地へと出稼ぎに行く商人をふやさないといけないんだよ)
非常にささやかなニュアンスになるのだが、バスキア領を本拠地としてもらうと様々な利点がある。
税収の観点で見れば、本拠地がこちらにある方が多くの資金流入に伴い多めに徴税できる。
商業活性化の観点でいえば、よそで見聞きした商売の種を、うちの領地でまず試してくれやすくなる。安い金額で店舗や倉庫を貸し出した実績があるので、まず我がバスキア領に新規事業の相談を持ち掛けてくれるはずである。
他にも商人と連携した興行――お祭りの実施などにおいて、領地を超えた大きなイベントを発足させやすくなる。俺が「バスキアの魔物料理をもっと増やしたいなあ」と思って、新たに「バカウマ魔物メシ大会!」とかを開くにしても、各地への宣伝企画やら、大会運営費の出資やら、運営事務のできる人材の供出やら、大会優勝レシピの商品化に至るまで、それら一連の行動に協力を取り付けやすくなる。
(恩義としがらみで縛り、やや否定的な立場を取ろうとすれば倉庫利用費なり関税なりを値上げして制裁することもできる。そんな都合のいい蜜月の関係になってしまえばいいんだよな)
ここまで手厚く助けてあげて、一体何が欲しいのかというと、行商人たちの抱える人脈だ。
バスキア領から他の領地へ働きかけるとき、俺の力だけでは上手に口コミを広めることができない。だが行商人の力を借りれば、そういった風聞を作り出すこともできるだろう。
新しく輸出したい新商品の宣伝。俺にとって不利益な存在への悪口の流布。これらを実行しようと思ったら、外部とすでにある程度つながりを持っている行商人に頼るのが早い。
思い通りにならない大手商会に、我が領地内に進出されるよりも。
思い通りに動く商人たちを、自分の領地でどんどん育ててあげるのだ。
融資とはすなわち首輪である。金の余っている今、子飼いの商人を増やすというやり口は、実は案外悪くない手だと思われた。
2658日目~2691日目。
麻布や動物の皮が余ってきたので、工房の仕事として革靴作りを実施することにした。売りつけたい対象は、冒険者や狩人らだ。木や布でできたサンダルとかは農民が普段履いているので、あくまで革靴を使う人たちに向けた商品づくりを目指す。
冒険者をやってきた経験からわかるのだが、長期間履いて歩ける革靴というのは非常に貴重である。質の悪い靴だと、ずっと履いていると指が痛くなるし湿気が籠るのだ。そのため履きっぱなしだと、ひどいときは指が腐ってしまうこともある。
一般的には、沼を移動する際に汚泥から足を守り、寒さを防ぐため、気密性の高い皮でがっちり作っているような靴が多いのだが、それが足にとって負荷がかかるのだ。
(左右の区別をつけずに作ると、逐次左右入れ替えて履けるから靴底の片減りは無くなるし、片方が破けちゃっても同じものを一つだけ作ればいい。だけどその分足への負担が大きくなる。そうじゃなくて、足への負担を極力減らした靴を作りたいんだよ俺は)
俺が愛用している靴は麻布をところどころ使って湿気対策をした、履き心地のよいものである。ソールは二枚側にして衝撃を抑え、履き心地をよくするため柔らかい中敷きも入れている。その上、このご時世珍しく右用と左用の靴を区別する製法で作っており、足の裏の形にそって型を取って作っているので足が痛くないのだ。
知る人ぞ知る靴職人に作ってもらった最高級の靴を参考にして、我がバスキアの領地では、オーダーメイドの革靴をどんどん流行らせたいところである。
(この俺が愛用しているんだから間違いない。冒険者受けがいいはずだ。王都の流行ファッションなんて知らん。これをバスキア工房お勧めの靴だと喧伝して公に認知してもらえば、きっとこの靴を愛用してくれる人が他にもたくさん現れるはず)
着心地を無視して、流行のファッションに合わせるのは馬鹿らしいことである。快適な服が一番なのだ。バスキアを中心に、そういった実利主義的な考え方をどんどん持ち込んで行きたいところである。