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第32話 幕間:(第三者視点)ある村長の独白

 バスキア領にあった小バスキアの村長、アドヴォカートは、恐ろしい速度で様変わりしていく領地を目の当たりにして、ただ圧倒されていた。


(未だに信じられん。あのふざけた青年がやってきたかと思ったら、いつの間にか生活が一変してしまったではないか。覇気もやる気もないくせに、あの男は一体何者なのだ)


 村長から領主代行に。

 農作物をどれだけ作付けするか、穀物と保存食の在庫はどれぐらいか、といったことを検討する仕事から、いつの間にか、輪栽式農法だとか訳の分からない農法の管理を任されて、魔物の飼育やらゴブリンどもの移住やらで起きたトラブルの裁判を任されて、挙句の果てに領主の仕事は大体任されるようになってしまった。

 それでも、真の領主は依然としてあの男である。


 非常に腹立たしい話である。

 そもそもの話、この村を管理していたのは自分である。この不毛の地で、細々と、それでも彼なりにしっかりと経営していた自信がある。

 だが、あのふざけた男、アシュレイは「王国に正式に領主と認められたのは俺なので、どうかよろしく」といきなりやってきて、全てをぶち壊しにしてしまった。


 住民の家具の新調、用水路の整備、農地の整備――思えば最初の一年目から、あの男は全てを覆しにかかっていたかもしれない。スライムにあれもこれもと任せていく姿を、アドヴォカートはよく目に焼き付けていた。この男は何でもかんでも人任せにする、と軽蔑したものだ。


 だが、気が付けば、このアシュレイという男は、街道を整備して他の領地と条約を結び、行商人をうまく利用してバスキア領の名産品を作り上げ、苦しかったはずの食糧事情を一気に改善し、小さな村を数千人の人が住む街へと発展させて、そして国王も一枚噛むような一大事業を興そうとしている。

 他国との海上交易なんて、まさに真骨頂とも言える。口だけ色んなところに物言いして、好き放題やっているくせに、結果として周囲を巻き込んでしまうのだ。


 それなりにうまく共同体を運営できる。それがアドヴォカートの強みなのかもしれない。

 だが、全くそんなことをしないくせに、結果的により良い未来図を実現させていく。それがあのアシュレイという領主なのだ。今をうまく回すより、新しくより良いものを立ち上げるほうが評価されやすいのだ。


 極めて苛立たしいことだが、アシュレイとアドヴォカートを比較すると、やはりアシュレイの方が民心を掴んでいる。彼にはカリスマがある。あらゆる意味で斬新なのだ。本当の意味で領主の役目を果たしているのはアドヴォカートの方なのに、である。


(ゴブリンやコボルトを住民に加えるなんて言い出したときは、気が狂ったのかと思った。だが、結果としてどうだ。あいつらに仕事を与えて、領地をより発展させている。相互理解とまでは行かなくとも、上手い棲み分けが生まれている。スライムによる暴力を借りつつも、致命的な対立も決裂も防いでいる)


 バスキア領は、非常に難しい均衡で成り立っている。住民の倫理観はかなり危うく、いつ内乱が起きても不思議ではない。それをスライムという圧倒的な暴力が抑えつけている。刃物も魔術も何も効かないあの液状の魔物が、下らない諍いの火種を、全て封圧している。

 あらゆる抵抗は無意味だと教えている。訓戒を与えている。海に岩を投げて全て埋め尽くそうとするぐらいに不毛であると知らしめている。


 圧倒的な力の元での、時間をかけた融和。時が解決する問題は多い。ゆっくりと、バスキア領は成熟している。


 これが、野蛮な野盗や海賊を集めた領地なのだ。これほど嫌な組み合わせはそうそうない。だが、想像の斜め下を行くように、ゴブリンやコボルトまで集めてしまった。

 そして力技で領地を治めた。成熟の兆しを迎えていること自体、有りえないことなのだ。


(お陰様でいざこざは絶えない。私が都度判断して、裁決を下すほかなくなっている。それでも、時が経つにつれて、お互いの適切な距離感が生まれつつある)


 海賊も野盗もゴブリンもコボルトも。あるいはドワーフやエルフまで。

 このバスキア領は、彼らお互いが「思ったより非常識ではないのだな」と相互に誤解を解いていく場所になっている。


 そしてアドヴォカートは知っている。ドワーフやエルフや野盗たちや海賊たちとの間に、たまに友情や愛情が生まれていることを。

 信じられないことに、政治的な狙いも何もなく、それらの関係が育まれている。そこには、千年先にある異種族間の融和の形が、薄ぼんやりと見え隠れしている。


(あのアシュレイは、適当であるがゆえに器が大きい。眼の前の問題を真剣に捉えないからこそ、どうとでもなると些事のように扱って、些事のように収めてしまう。圧倒的な暴力を乱用しているくせに、あの男には野望がない。あの男には悩みがないのだ)


 勝てない。人として一生敵わないだろう。

 長く生きてきたアドヴォカートだが、あのような迷惑千万の男に歯向かうすべを持っていない。あれは化け物なのだ。

 積み木遊びの上手な三歳児をそのまま大きくしたようなあの青年は、人の住んでいる環境を、積み木遊びのように崩して組み直して遊んでいる。悪意さえない。多分あれは、無邪気に人を殺せるような男なのだ。


 国王でさえ憚られるような不遜を、あの化け物の男はやってのけている。

 目まぐるしい速度で発展していくこの領地で、あの領主についていくことができているものは一人もいない。

 領地の発展は、領民を確実に幸せにしているが、幸せを噛みしめる暇さえなく次の発展を与え続けているのは、薄ら寒い恐怖を感じさせなくもない。


(……あの化け物は、国王でさえ巻き込んで利用するだろう。あの男は、能力を尊重する態度はあっても、偉さ(・・)に敬意を払うことはない。そして、ついてこれないものを鑑みることなどない)


 大陸全てを幸せにするための積み木遊び。


 今まで、アシュレイに対してわざとらしいほど憎たらしい態度を取ってきたアドヴォカートだが、全く堪えないどころか、巻き込むだけ巻き込んできて、結局こちらが良いように利用されてしまっている。そしてアシュレイは、仮にも領主代行のアドヴォカートに微塵も興味を持っていない。


 それは詰まるところ、アドヴォカート自身の小ささ、無力さを浮き彫りにして痛感させて、そして反抗する気力の全てを削ぎ落としてしまったのだった。


(あの青年は、化け物なのだ。かつて村長だったという私のちっぽけな自尊心を、あらゆる意味で無視して踏みにじって、それでも私を重用し続ける無邪気な男なのだ。思慮の深遠さ、寛大なる優しさ、度量の広さ、意志の強さ、そのいずれとも違う、統治者の器なのだ)


 恐らく今のバスキア領は、どこよりも変化と発展に富んだ場所である。斬新さが器の大きさになるなどと、アドヴォカートは知りもしなかった。

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