第28話 スライムの変貌・土壌改良・街灯の設置
2317日目~2351日目。
スライムの姿が変わって、透明な女性になった。顔立ちはおそらく整っているのだろうが、透明なので細部がよくわからない。可憐というよりは美しさを思わせる相貌。
しかし、スライムは相変わらずしゃべろうともしないし、俺のそばから離れようともしなかった。おかげで、無抵抗な女を侍らせている悪趣味なやつのように見えなくもない。ちょっと困る。
「すまないが司教さま、こいつは世間話だと思ってほしいんだが、スライムと結婚することは可能だろうか?」
「は?」
念の為、セント・モルト白教会のクソ司教に確認したところ怪訝な顔をされてしまった。当然だめであった。そうなると非常に悩ましい。
(……もっと貴族としての力をつけて、周囲に認めさせるしかないのか)
司教には「いやなに、興味のない連中からくる鬱陶しい婚姻の申し込みを避けるためにね」と濁しておいたが、司教の目はまだ怪訝そうなままだった。疑念が晴れたかどうかは怪しい。
とりあえず、スライムには俺の十個の指輪のうち一つを渡しておいた。ちょっとした気持ちの表れである。病めるときも健やかなるときも――なんて思っていたら、意味を分かっていなかったスライムはとても喜んで、それをぺろりと食べようとしていた。さすがに慌てて止めたが。
……もしかして結婚したいというのは俺の自己満足なのだろうか。
2352日目〜2384日目。
ここのところ土壌の質が良くなってきた気がする。
絶え間なく吹いてくる潮風のせいで、油断すると塩分濃度の高い土壌になってしまうのだが、アッケシソウやフィコイド・グラシアルなど、土から塩分を吸い上げる野菜を植えれば除塩にも役立つ、とチマブーエ辺境伯から教わったので、ここのところは除塩にもさほど苦しんでいない。
土壌の質が良くなってきた理由の一つに、肥料の質が良くなってきた点も挙げられる。
魚の鱗や魚の骨を煮込んだ後の出汁ガラ、魔物の骨を煮込んだ後の出汁ガラ、そういったものを砕いて魚骨粉や肉骨粉にして田畑に撒くと、立派な肥料に早変わりする。ここ数年は、魔物を罠にはめて仕留めたり、船を出して漁獲するようになったので、この辺の肥料を前よりも与えられるようになったと思う。
輪栽式農業を実施していても、肥料を与えなくていいわけではない。むしろ野菜の収量を増やせるような肥料の組み合わせを突き詰めれば、もっと生産性を上げられるはずなのだ。
今は、スライムがつまみ食いするついでに、骨を粉砕して骨粉にする作業や土を耕す作業をやってくれているので、人手もほとんどかかっていない。
なんとなれば、虫の卵を発見次第食べてくれるので、虫害もぐっと少ない。干ばつが起きても川の水を引っ張ってこれるのでさほど困らない。農作物と相性の良い除虫薬の組みあわせも研究中である。
ここまでして、うちの農生産が安定しないはずがない。
(そういえば、チマブーエ辺境伯が魚醤を作った後のカスをポモドーロに与えているって聞いたな……鉛皿で食べるのは厳禁らしいが、うまみが増しておいしく育つとか言ってた気がする)
先人に倣え、という言葉がある。
せっかく土地の開拓を簡単にできるのだから、スライムの力をがんがん借りて、どんどん先人の真似をして取り入れてもいいかもしれない。
2385日目~2416日目。
ここのところ潤沢に魔石を採掘できるようになったので、魔石を使った街灯を設置することに決めた。
夜でも道を明るく照らすことで、防犯性を高めるのと同時に、夜間の移動での転倒による怪我を防ぐなどの効果もある。それになにより、おしゃれだ。うちの領地の景観をよくする効果としてはこの上ない。
遠目からでも明かりが目立つことで、夜に魔物に襲撃されるのではないか、という意見もあったが封殺した。スライムが防いでくれるからだ。魔物が寄ってくるならむしろ好都合。スライムの餌が増える。
(他にも理由はあって、ゴブリンやコボルトの風評被害を払拭するためというのも一つだ。夜の暗闇にまぎれて窃盗しているんだろとか、そんな適当なことをいうやつがいるから、早めに配備を急がせた)
ゴブリンやコボルトたちへの誹謗中傷。これらを放置するとどんどん尾ひれがつくのは目に見えていた。内乱が起きるのはまずい。正直一瞬で鎮火できるとは思うが、それでも住民の心情的には気持ちよくないだろう。
どうしても、こういった偏見は簡単には拭い去れないもの。時間をかけてゆっくり誤解を解いていくほかない。
理想を言えば、ゴブリンが盗むのと同じぐらい人間も盗む、というぐらいの認識にできれば幸いである。どこまで頑張っても、まあ、性根の悪いゴブリンも性根の悪い人間もいるのは仕方ないのだから。
(まあ街灯がたくさん増えたことで、夜も大きなお祭りをできるようになったのはいいことだな)
夜といえば、せいぜい領主の館で舞踏会だとか、どこかの館でサロンを開いたりするぐらい。
他の領地からやってきた貴族をおもてなしする選択肢は結構限られてくる。それに俺は貴族とそんなに交流したくない。
ならばどうするか、というと夜まで続くお祭りにしちゃえ、となるわけだ。
街灯が煌めく夜、特設された舞台。そこに楽団を招いて曲を演奏してもらい、大道芸人に芸をしてもらう。それを特等席で貴賓らが眺めつつ、お酒と軽食を楽しむ。俺はその間何もしない。勝手に楽しんでもらう。それだけ。
確かに俺はバスキア領の領主ではあるのだが、周囲の貴族との関わり合いは最小限に押しとどめたかった。