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第25話 幕間:(第三者視点)ケルシュの姫の独白

 ケルシュの一族といえば、リーングランドン王国の森林に住まう狩猟民族である。彼らは狩猟の神を信仰し、王都外れの森の近くに住まい、魔物の狩猟と皮の加工を生業として日々を営んできた。


 しかし、五十年前に発生した魔物の大群暴走(スタンピード)により、ケルシュの集落は壊滅してしまった。戦える男手はことごとく命を落とし、残された女性や子供たちは王都の貧民区画に身を寄せるほかなかった。

 思えば、魔物暴走で全滅してしまった民族もいるので、ケルシュの民族はまだ恵まれていた方だったかもしれない。それでも決して楽な日々ではなかった。


(故郷を失って一年。まさにそんなとき、我々一族の追放が決まったのだ)


 貧民区画にある修道院や教会に身を寄せて、何とか細く慎ましい生活を続けたケルシュの民だったが、ついにリーングランドン王の判断で、辺境の地バスキアへと追放されてしまった。

 民族の事情も宗教もろくに考えず、ただ未開拓の地が余っているというだけで実行された、冷酷な決断。これは事実上、国に見放されたも同然だった。貧民区画とはいえ王都に残れたものたちと、王都にさえ残れなかったものたちと、ここで運命が大きく別れたといえる。なにせバスキアの地には、何もないのだから。


 事実、バスキアに追放されたものたちは、約半数が十年以内に消息を絶ったとされる。


(だが、我が一族は五十回にものぼる過酷な冬を生き延びてきた。野草を食らい、魔物を食らい、必要とあらば人を襲った)


 悪名高い野盗だと謗られたことがある。浅ましい奴らだと見下されたこともある。

 だが、ケルシュの一族はそれでも泥をすすって生き延びてきた。


 だというのに。



「――何者なのだ、あのアシュレイという男は! わが一族を野盗だと愚弄しおって!」


「姫様、落ち着いてくだされ。あの男に逆らってはなりませぬ」


 姫、とは言われているものの、実態は少数部族の族長の娘。童話に出てくる姫のようなきらびやかな生活は、一度たりとも送ったことはない。

 だがケルシュの姫は、気位の高さだけは王族にも負けたことはない。生活が豊かではなくとも、せめて心意気は人一倍峻烈であるべきだと考えている。


 そこにきて、あのふざけた態度の領主が現れたわけである。

 気位も全く高くないし、それどころか、あの男は自分がいかに馬鹿にされようとも全く気にもしないのだ。衝撃だった。そんな支配者など聞いたこともない。腑抜けているのだ。

 そんな奴に支配されているのかと思うと、情けなくて涙が出た。


(少しでも自分をくさして馬鹿にする風聞があれば、そこからどんどん尾ひれがついて、やがて民心がはなれていく。父に教わったことだ。だからこそ支配者は苛烈でなくてはいけないのだ。……だというのにだ)


 だが、あのアシュレイはいくら馬鹿にされようと寛容に振舞った。その振る舞いは無知蒙昧にも思われた。

 気概はないのか、と思うほどだった。実質的に政治のほとんどを領主代行の男に握られてしまっていて、なんと腑抜けたやつだと腹が立ったほどだ。


 しかし。

 いつの間にかあの男は。

 絶対の君主として、畏怖をもってしてバスキアの地に君臨していた。


(気さくで柔和で、面倒くさがりで適当な、そんな男だったはずなのに、なぜいつの間に、誰もあの男に逆らえなくなっているのだ……)


 仮面が剥がれ落ちたわけではない。突如凶暴になったわけでもない。最初からずっと彼はあのままだった。

 ただ、アシュレイを侮った結果、彼に逆らって晒上げにされる人たちが徐々に現れただけだ。


 アシュレイは過ちを許す。かなり寛容である。"裸で踊って面白かったら許してやる"、と尊厳を踏みにじる以外のすべてにおいて優しい青年である。

 他の貴族であれば即刻斬首沙汰であるような大きな罪であっても、アシュレイは一度反省の機会を与えるのだ。


 そしてアシュレイは非常に多く取り締まる。天網恢恢疎にして漏らさず。

 アシュレイの使役するスライムは、街中どこにでも目と耳を持っているのではないかと思うぐらいに悪事をすぐに取り締まった。

 それゆえに、彼の領地は驚くほど犯罪が少なかった。民への弾圧がある領地並みの犯罪率の少なさであった。


(言い方や処罰が優しいからといって、あのアシュレイは何事も許す甘い男という訳ではなかったのだ)


 バスキアの領地は驚くほど発達し、民は驚くほど豊かな生活を享受している。

 だがこれは、アシュレイの寛容さあってのこと。もし彼の機嫌を損ねてしまったら、一体どうなってしまうというのか。


 ケルシュの姫は、あの青年が横暴な圧制者に豹変した時のことを想像した。

 もし仮に、一晩の褥を共にすることを強要されたらどうなるのだろうか。もし仮にそうなったとき、強く彼を拒むことはできるだろうか。


(ありえん、あんな失礼で軟弱な男なんかに、私がほだされるなど……っ!)


 そう、そのようなことは、あってはならない。絶対にそんなことはあってはならない。






 ■あとがき

 ケルシュ、アルト、スタウトの少数民族たちの視点です。おい野盗どもだの何だのとアシュレイから揶揄されて、結構こき使われてしまっていますが、今回はそんな彼らの掘り下げ回です。


 狩猟の神を信仰し、狩猟とともに生きてきた森の民、ケルシュの一族は、不幸にもリーングランドン王国の都合で、未開の地バスキアへと放り出されてしまいます。

 実質、野垂れ死んでくれてもいいし生きるなら勝手に生きてね、という扱いです。こうした経緯から、王国貴族には強い不信感を抱いています。


 そんなさなか、何でもかんでも物量ごり押し & 仕組みだけ作って後はサヨナラ & 信頼なのか無防備なのか仕事をドカドカ任せてくる、そんなアシュレイ君が現れます。

 ある意味、野盗行為に身を落とした連中であっても、仕事をする限りは匿ってくれる領主で、信仰する神についても、横からとやかく言わずに黙認してくれます。冬をしのぐ石造りの家も無償で提供し、飢えないよう食事まで与えるとあらば、並大抵の領主ではありません。


 ""成長爆速クソつよスライム""も凄いですが、細かなことに全く拘らないアシュレイ君もまた、統治者の器の持ち主です。


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