第23話 料理の実演販売・マッサージ業
2078日目~2102日目。
粗塩、香草、骨の煮汁――それらを駆使して、うちの領地の料理を少しでも美味にしようと努力してきたが、それがついに実を結びつつあった。
根菜類とミミズ肉のつみれ入りスープ。
干し肉と山菜のサラダと、野菜の皮の漬物。
海魚とキノコのムニエル。
メインディッシュに、イノシシ肉の香草・粗塩焼き。
デザート代わりに、柑橘の皮、はちみつ、そして少々のラム酒を混ぜ込んだ大麦パン。
バスキア料理といえばこれ、と雛形らしきものが出来上がった。ミミズ肉も、魚も、キノコも、イノシシも、はちみつも、すべてが魔物である。
あとはこれを積極的に輸出するのみである。
(そうだな、あとはこの料理を実演販売させて他領地に売り込むか)
バスキア料理を売り込むにあたって、俺は実演販売方式を取ろうと考えていた。本来なら料理をアピールするのは貴族のパーティの場が主なのだが、俺はあえて逆を突いた。
確かに貴族のパーティで美味しい料理を振る舞えば、「うちの食文化はこれだけ豊かなのだ」と他領地に対して自慢ができるし、高位貴族や商会に売り込むこともできる。そうやって有力者を抱き込んで販路を得るのが普通のやり方だ。
実演販売とはこうだ。他領地に露天販売のお店を出して、目の前で料理をして売るだけ。いきなり平民相手にうまそうな料理を作って振舞うことで、あとは口コミで人気になるのを待つのだ。
幸い、バスキア領にはいろんな行商人が足繁く通っている。そのうち適当なやつらを捕まえて協力を持ちかければよい。行商人をやるやつなんて、ほとんどが自分の店を持ちたいがまだ持てずにいる連中だ。金主になってくれそうな俺の言うことは大概聞いてくれる。
料理人もたくさんいる。わがバスキア料理の開発にあたって、レシピを一緒に試行錯誤してくれた人は数多くいる。暇そうなやつを俺が勝手に任命しただけだが。
実演販売のときの料理は彼らに任せればいいだろう。重い荷物はスライムが運べばいいし、赤字が少々出ても構わない。バスキア領の料理は美味しい、というアピールさえできれば長い目で元が取れる。
なぜなら、「このおいしい料理のレシピを教えてくれ!」と言い出すやつをつり出すことが目的だからである。
(魔物料理について真剣に取り組んでいるのはバスキアだけだ。同じく食料不足に悩まされている領地に対して、魔物をおいしく食べられる調理法は、格好の売り込み材料になるはず)
まとめて大量に食材を仕入れてくれる人にのみ、うちのレシピを提供する、と持ち掛ける。そうすれば、いずれは太い客を獲得できる。
なかなか太い客が見つからなくてじわじわ赤字を垂れ流すだけになったとしても、最悪問題ない。バスキア料理は美味である、という喧伝になれば、我が領地に観光目的で来てくれる人が増えるかもしれない。
いきなり目に見えて効果が出る施策ではないが、俺はきっとこのバスキア料理が、この領地に大きな儲けをもたらすことを確信していた。
2103日目~2129日目。
ふと思い立ってマッサージ業を始めた。スライムが身体の垢汚れ、ムダ毛を食べるついでに、身体の凝りや疲れを癒すマッサージを行うのだ。
森で取れた香草をふんだんに使ったアロマの香油を使い、全身をもみほぐす。ついでに髭剃りや散髪(というよりスライムが毛を食べるだけだが)も行う。暖炉に火をくべて、適度に暖かい室温を保ちつつマッサージするのがコツである。
気持ちよさのあまり、途中で眠る人もいる。そういった人は砂時計が落ちきるまでは放置して、砂時計が落ちきったころに体をゆすって起こしてあげる。
こんな簡単な商売が人気になるはずがない、ちょっとした小遣い稼ぎにしかならないだろう――と最初は思っていたが、その予想はいい方向に外れて、今やマッサージ業はこのバスキア領の名物になりつつあった。
たくさんの人が利用できるように、公衆浴場の横にマッサージ施設を併設した効果が早速出たわけである。あるいは、たくさん人を相手にするにつれて、スライムが段々人体に詳しくなって、マッサージのコツをつかんだのかもしれない。いずれにせよ、うちの領地の人たちは喜んでこのマッサージを利用した。
(まあ、元手がほとんどかからないからな。マッサージを行うのはスライムだし。香油と薪を継ぎ足す人がいれば、あとは十分成り立つ)
バスキア風マッサージと名付けられたこのマッサージは、いまやバスキア領の高級宿にも導入されるぐらいに人気となった。気が付けば、よそから訪れた貴人をもてなすことができるぐらい、十分な売り物となったわけである。
(まさかこんなところに金の鉱脈が眠っているなんてな……思いもよらないことが金儲けになるもんだな)
瓢箪から駒が出るとはこのことである。案外どんなアイデアでも実行してみるものだな、と俺は思うのだった。