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第18話 品種改良品の受け取り・辺境伯のお茶会・男爵位叙任

 1812日目~1824日目。

 チマブーエ辺境伯領地の用水路の改修工事がほぼ完了した、と知らせを受け取る。

 流石はスライム、俺が領地でのんびり過ごしている間もずっと用水路工事を進めてくれていたのだ。

 それも、ずっと遠くの辺境伯領地まで体を伸ばして、昼夜問わずにこつこつと、である。こんなに働いてくれるスライムがいるだろうか。いやスライムじゃなくても、こんなに勤勉なやつはそうそういない。


(今領地から離れても大丈夫かな……。海賊から攻められている途中なんだけど、全部スライム任せにして何とかなるだろうか)


 とはいえチマブーエ辺境伯に挨拶をしないわけにもいかない。悩んだが辺境伯の領地まで向かうことにした。

 契約に基づくと、用水路の工事が完了したので、あとは報酬を受け取るだけだ。

 対価として、チマブーエ辺境伯にとっては格安の報酬であることは間違いないのだが、俺にとってはうれしいものをねだっている。

 つまり、品種改良の進んだ穀物、野菜の種、株、苗である。


(これで、疫病にも塩害にも強く、味もおいしい農作物を作ることができるはず……!)


 特産品というわけでもないが品種改良は長年努力してきた農作物を、弱小士爵に真似されるという出費。

 長年手つかずのまま老朽化が進み、改修に莫大な金貨が必要だったはずの用水路工事を、格安の金額で済ますことができた利益。

 どう考えても辺境伯にとっておいしい話だったに違いない。もっと上手に交渉ができたんじゃないかという後悔はあるが、あんまり難しく考えない方がいいかもしれない。恩を売れたと考えればいいだろう。


 ちょうどチマブーエ西方辺境伯とはいろんな話をしておきたかったところだ。今後も長い付き合いになる以上、仲の良さを深めるのは大事であろう。




 1825日目~1849日目。

 結論から言うと、あんまりうれしくない状況になっていた。

 お茶会には、チマブーエ辺境伯だけかと思ったら、まるで知らない貴族たちがずらりとならんでいた。


「用水路工事を格安で行っていただいて感謝しております。ですが、バスキア士爵にはいくつかお話しなくてはならないことがあります」


 曰く、何百日も使役獣から目を離す危険行為。そして先日の社交界での無礼千万の行為。更には、周辺貴族に許可を取らないまま凶暴な海賊を挑発するような独断行為。

 こう指摘されてみると、いずれも自分に非がある話だ。身につまされる。


「報酬は約束通りお渡しいたしましょう。うちで育てている農作物であれば、喜んで差し上げます。ですが、ここにいる貴族たちはあなたの行為によって迷惑を被ったと主張してらっしゃる方々です。お詫びぐらいは申し上げてはいかがでしょう?」


 なるほど。話が読めた。

 意訳すると、『用水路改修工事のおかげで、お前のトンデモスライムの凄さはよくわかった。海賊退治もうまくいってるようだし、何か一枚噛ませろ』ということである。

 この分だと、おそらくバスキア領内にも何人か間諜が放たれているに違いない。うちの領地の情報はほとんど漏洩しているだろう。

 こうなるのがいやだったから、この前のパーティで堂々と「後乗りするなよ」と釘をさしておいたのに。権力を持っている人はこんな風に無茶苦茶やってくるから嫌いである。


「お言葉ですが、例外を認めると後からひっきりなしに、自分も自分もと乗り込んでくる人がいます。話に収拾がつかなくなるので、この場で謹んで断ります」


「本当にお言葉ですね。この際私も言葉を選ばずに言いましょう。あんな拙いやり方では、周囲に敵を作るだけです。それにあんな牽制をかけたところで、権力で強引に話をねじ込んでくる人はいます。それならいっそのこと、私が都合のいい貴族を見繕ってあげましたから、彼らに甘い汁を吸わせて差し上げなさい。あなたにとっても悪い話ではないはずですよ?」


 強い口調で断ったが、ぴしゃりと叱りつけるように跳ねのけられる。何とも苛烈な言葉だ。流石に女傑と言われるだけはある。

 言い返そうと思ったが言葉が続かない。要するに、辺境伯にとって都合のいい貴族で固めたから、逆にいえばこれ以上変な奴が後乗りしてくるのは辺境伯が防いでくれると言うわけだ。

 妥協もやむなしだろう。


「実直な若者は嫌いではありません。ですが、この世界で自由に生きていきたいのであれば、もう少し外交を学ぶ必要があるようですね。私でよければいつでも相手になって差し上げます。……期待していますよ、バスキア士爵」


 流石に西方辺境伯を任されるだけはある。かつては凛とした気品ある女性だったのだろう面影の残る彼女は、今は柔和に微笑んでいた。




 1850日目~1884日目。

 バスキア領に戻ると同時に、国王より直々に「男爵に叙任する」という旨の簡潔な勅命を受け取った。

 相変わらず叙任式はないらしい。それでいいのかこの王国、と思わなくもない。だが少し遅れて、これは西方辺境伯の計らいだと気づく。

 これが政治か、と俺は内心で戦慄してしまった。


 よくある叙爵の儀式といえば、騎士叙任式が有名である。騎士爵位を授与される若者が受ける儀式だ。

 主君が剣を持って、若者の肩を剣の平でたたき、背中をたたき、騎士としての心得を告げて、剣を主君自らの手で授ける。次いで盾と槍、兜や拍車を授ける。

 それが終わったのち、新米騎士は馬上試合にて腕前を披露し、最後はその騎士を称える饗宴を開く。


 もちろん、絶対に儀式を開かないといけないわけではない。俺が士爵に任じられた時も、騎士叙任式は開かれなかった。馬上試合なんて出来ないので、むしろ儀式がなくてありがたかったが。


 だが、男爵に叙任されるときも叙任式がないというのは恐れ入った。

 普通、騎士爵と違って男爵からは、貴族身分の審査制度があるはずなのだが。つまり、知行地領有だけでは貴族と認められず、国王発行の証書をもって貴族の爵位が決まる。平民が男爵に成り上がるとき、ここで厳しく審査されることになる。

 それがこんなにあっさり認められるというのは、誰かが周到に根回ししていたということだろう。

 ある意味、辺境伯の一声で男爵に任じられたということだ。


(そうか、審査には高位貴族からの署名があればいいんだ。辺境伯がすでにそこまで準備を進めていたんだ)


 さらにもう一通、同封されていた手紙に目を通して凍り付く。


 "私の副官として海軍を指揮するのであれば、男爵位か子爵位が必要になります。それに、迷宮荘園を開拓したいのであれば、子爵位が必要でしょう。私の庇護下に入るのであれば、バスキア城伯兼子爵として任ずる準備があります。 ――チマブーエ"


 あの人は化け物だろうか。

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