第16話 司教との交渉・辺境伯領地の治水工事・海賊船の拿捕
1618日目~1644日目。
豪勢な教会が完成する。修道院にも使えるようかなり広い作りにした。
ほぼ同時に、セント・モルト白教会から派遣された司教と顔合わせを行う。教会を見て目を丸くしていたが、しかし彼はすぐに満足げににんまり笑っていた。お気に召したらしい。
第一印象は柔和な人、だが話が進むと生臭坊主、という印象を強く受けた。
何せ、いきなり金儲けの話を口にしてきたのだから。
「免罪符の発行と市民への販売は認めていただけないと?」
「よしてくれよ。市民にそんな無意味なものを売りつけるのは、市場の発展にもならない。それより富くじを作って売れ。利権はきちんと与えるから」
会話を意訳すると、教会の資金調達をしたいから免罪符を売りたい、という申し出である。
免罪符というのは、買えば俗世の悪行が清められるというお札であり、死後天国に旅立てますよと教会が保証するものだ。要するに、単なるお札だ。ただのお札なので、原価はほとんど掛からず、作れば作るほど金になる。
そんなものをいきなり持ち出されては、俺も顔をしかめるというもの。それなら富くじの普及に勤しんでほしい。
「いいか。富くじに"免罪符"って名前を作って売っても構わないから。販売利益の二割はあんた、一割はバスキア領、七割は賞金として市民に分け与えてくれ」
「ほほう? 王国法で金額を制限されている賭博行為を、宗教行為として認めさせたいのですな?」
「違うよ、慈善事業さ。司教さんは市民に免罪の救済を与える。俺はあくまで、都市開発のための小口出資を市民から受け付けるだけ。その過程で発生した余剰の資金は、市民に還元する。ただそれだけだ」
「なるほど、違いありませんな」
「帳簿管理はうちの徴税員と一緒に行うぞ。会計に不正があれば、遠慮なくしょっ引く。ただでさえ大きな利権なんだから、有効に活用してくれたまえよ」
「何を申しますやら。富くじ販売の手間をこちらに押し付けておいて飄々と。ですがよいでしょう、利益二割は十分です」
他にも、王国法で制限されている行為を宗教行為でどんどん認めてもらうことにする。
寄進と浄財。宗教行為という皮をかぶれば、法規制を回避する手はいろいろあるものだ。
例えば修道院では、ミサや聖体礼儀に欠かせないということでワイン造りをしているが、これを領主権限で取り扱えるように直販契約を結んだ。
同じく蒸留酒のリキュールも、薬草酒だから医療用に使うとされているが、これも同じく領主直営の商会で取り扱うことにする。
(でも、あんまり私腹を肥え太らせてもよくないんだよな。修道会の資産は、普通の金持ちと違って遺産配分とかで分配されることもないし、相続税を徴収できないから、うまいこと金を回収するための手立ても考えないといけない……)
かなり強引な方法がある。
王国議会決議を利用して、バスキア領主に修道院の財産を自由に処分する権限を認めさせれば解決する。
無論、そこまでの権力を持つには、当然公爵や侯爵クラスの力が必要となる。ゆくゆくは公爵家の力を借りる日がくるかも知れない。
生臭司教と握手を交わしながら、俺は内心でそろばんを弾いてあれこれ想像を続けていた。
1645日目~1696日目。
辺境伯に約束した通り、チマブーエ領地の用水路の工事を格安で請け負った。
旧用水路の清掃。石材の調達。老朽化した設備の取り換え。その全部をスライムに一任する。
石材の調達はバスキア領地で行った。スライムを使えば大した話ではなかった。運搬に時間はかかったが、運搬費用はほとんどかかっていない。
石材の加工も全部スライムに実施させた。チマブーエ領の石工職人の食い扶持を奪ってしまって申し訳ないことだが、正直スライムの方が石をつやつやに仕上げてくれる。
ただし、新用水路の工事計画だけは、俺一人ではなく、チマブーエ領にいる内政官たちと熱心に議論して決めた。
連続アーチのある水道橋の建設方法。
不純物を沈殿除去する沈殿池の作り方。
公衆浴場や公共住宅向けの給水管がつながっており、節水が必要な時期には板で閉じて断水させることも可能な、高度な分水施設の作り方。
水密性を高めるための水硬性セメントの作り方。
これらの知識は、完全に自分にはなかったものである。
辺境伯に召し抱えられるような有能な内政官たちと議論することで、ようやく自分の教養へと昇華させることが可能になった。
正直これは、大きな領地の内政計画に携わらないと勉強できないような高度な知識だ。
(水道施設の考え方が根本から違う。今度、うちの領地にも導入してみるか)
ちなみに、スライムに体を伸ばしてもらって、地面にしみこんでもらって体を隠してもらいつつ、うちの領地に本体を残しながらもチマブーエ領の工事ができるか実験してみたところ、なんと実行可能だと判明した。
あまりにも恐ろしい事実。
これはつまり、俺が自分の領地に引きこもりながら、隣接領を一方的に攻めることもできる、ということに他ならない。
これは本格的に恐ろしいことになった。だが俺は特に野心もないので、まあいいか、ぐらいに考えていた。
1697日目~1722日目。
海賊への嫌がらせが功を奏して、とうとうしびれを切らした海賊たちが上陸して、バスキア領を攻めてきた。
最初の攻撃は、沿岸部に作ってあった塩田への攻撃だった。だが不運にも、地面にしみこんで待ち伏せていたスライムに全員綺麗に絡めとられて捕虜になってしまっていた。
(そりゃまあ、誰も人がいない塩田なんて想像がつかないよな……)
海から空砲を打ち込んだりして脅したのだろう。
だが誰も慌てて逃げだしたりしないものだから、不審に思って上陸したのだろう。
結果、船一隻の拿捕と30人ほどの海賊の捕縛につながった。
(捕まえた海賊は下っ端もいいところ。どうせこいつらを捕虜にしたところで、向こうは全然痛くも痒くもないだろう……)
とりあえず全員スライムを飲み込んでもらい、逆らうやつは死ぬことを伝えたうえで、改めて領地に持ち帰った。
街の連中には特に周知していない。
だが、領主代行のおっさんや、うちの行政を頑張ってくれている人たちには教えておかないといけないなと思って伝えたら、信じられない表情をしていた。
なぜ殺さないのか、だって? 生かしておいても俺は別に殺されないからである。