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第185話:付与魔法使いは緊急事態に陥る

 ◇


 あれから三分ほど入浴を楽しんでいた時だった。


「アルス〜! 聞こえますかー⁉︎」


 壁を挟んだ向こうの女湯の方から、セリアの声が聞こえてきた。


 『聞こえているよ』と返事をしようとしたのだが、セリアの声はまだ続く。


「おっぱいって、揉むと大きくなりますよね〜⁉︎」


 ……っ⁉︎


 いったい、どういう意図の質問なんだ? っていうか、俺に聞くことか?


「ユキナにマッサージしてあげると申し出たのですが、断られたのです! アルスからも何か言ってやってください!」


「揉んだくらいで大きくなるわけないでしょ! っていうか、別にサイズに悩んでなんか……」


「えー? でも、アルスの好みが気になるんですよね? 大きくしておけば間違いないですよ!」


「そ、そんなこと言ってないから……!」


 なかなか女湯の方は賑やかなようである。


 しかし、どうしたものか……。


「……」


 よし、ここは声が聞こえないフリをしてやり過ごすとしよう。


「あれ? アルス、聞こえていませんか?」


「聞こえていても答えにくすぎるわよ」


「もしかすると、パパもうお風呂上がっちゃったのかも?」


「えー! もうですか⁉︎」


「あら残念ね」


 ホッとした様子のユキナ。言葉とは裏腹に、まったく残念じゃなさそうな雰囲気である。


 これで一安心と思ったその時。


「私、確かめてきます!」


「どうやって……?」


「もしまだ上がっていないなら、この塀の向こうにいるはずなのです。登れば見えるはずです」


「覗くってこと⁉ そんなのダメよ! 第一、危ないわ」


「聞こえているのに無視するならアルスにも責任の一端があるのではないでしょうか? 私は特殊な訓練を受けているので大丈夫です。何のために鍛えていると思っているんですか!」


「少なくとも、お風呂の塀をよじ登るためではないわよね」


「じゃあ、行ってきますね!」


 おいおいおいおいおいおいおいおい……。


 本当に覗きにくるつもりなのか……?


 仕方ない。もう少し楽しみたかったが、セリアが登り切る前に退散するとしよう。……と、風呂を出たその時。


 ——ゴゴゴゴゴ……ガンッ!


 何やら、歯車が動くような人工的な音が聞こえた。水面がぶるぶると震え、地響きするくらいには大きな音。


 そして——


「……はあ⁉︎」


 ガガガガガガガガガ……ガァ——


 どういうわけか、男湯と女湯を隔てる塀が左右に開いたのだった。両湯が直結し、互いに行き来できるようになった状況。微塵も想像していなかった展開である。


「……」


「……」


 浴槽を互いに出た俺とセリアが見つめ合う構図がここに完成。タオルで身体を隠す暇もなく、生まれたままの姿。……気まずすぎる。初めて死にたいと思った瞬間だった。


 なお、セリアの方は特に気に留めていないようで——


「……アルス、やっぱりいたのですね! 無視するなんて酷いですよ!」


「え、えーとだな……」


「色々と言いたいことはありますが、そこは広い心で許すとしましょう。それで、どうなんですか? 揉むと大きくなるのですか? ならないのですか?」


 絶対に逃すまいと決意が籠った瞳。そこには、一切のやましさがなく、単純な好奇心で尋ねているだろうという純粋さがありありと現れていた。


 しかし、その純粋さを受け止めるには、今の俺ではまだ器量が足りていないようで——


「な、なるわけないだろ……!」


 と言いながら更衣室へ退散することしかできなかった。


 更衣室へ入った後、女湯の方から管理人と思しき人の声が聞こえてきた。


「も、申し訳ございません! 実は清掃の時間になると作業がしやすいよう自動で塀が開く仕組みになっておりまして……魔道具のスイッチを切り忘れていたのです。大変ご迷惑をおかけいたしました……!」


 そういえば、今日は営業終了後の清掃の時間を遅らせて貸切にしてくれていたんだったな。普段とは違うタイムスケジュールになったことで、事故が発生してしまったということらしい。


 やれやれ……。仕方ないが……勘弁して欲しいものだ。

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