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グリーンスクール - 瞬きもせず  作者: 辻澤 あきら
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瞬きもせず-1


           瞬きもせず


 某月某日――夜。風向、北北西。


 きらびやかなネオンサインの明滅が、夜空を霞ませている。晴れているのだろうか。狭い路地の上に広がる夜空は、射し込む灯かりにぼやけていて、天気すらわからない。ひやりとした風に首筋を撫でられて、朝夢見は一瞬寒けを感じた。見上げていた首を軽く、こきこきと振ると、ゴミ箱の蓋をしっかりと閉めて、ドアを開いた。

 明るい店内からは暖かな空気と、漏れ聞こえる派手なビート音楽。朝夢見は、いつもの雰囲気に戻り、どこかホッとしながら山積みになったシンクの前に立った。

「さぁて、やりますか」

気合ひと言、食器の洗い物に取りかかった。水が少し冷たいな、とガス湯沸器をつけ、立ちのぼる湯気に顔を撫でられると嬉しく思いながら、温度を手で測り湯温を調整した。そんな一連の動作も楽しく、聞こえてくる音楽に合わせて全身でリズムを取りながら、仕事を始めた。

 扉が開き、音楽が大音響で聞こえて、驚いて振り返った。そこには食器を引き上げてきた沢村が立っていた。沢村は、汗をにじませながらそっと食器を置きながら、朝夢見に叫んだ。

「おーい、これも頼む」

「はーい」

威勢のいい沢村につられるように朝夢見も応えた。朝夢見が食器を受け取ろうとすると、沢村はじっと朝夢見の顔を覗き込むように見つめていた。朝夢見はそんな沢村に委細かまわず食器をシンクに放り込んで洗い始めた。そんな朝夢見を少しの間見つめていた沢村は、はっと思い出したように店内に戻った。


 午後九時半。

 朝夢見は一段落した台所で時計を確認すると、帰り支度を始めた。未成年の朝夢見はもう帰らなければならない。というより、中学生がクラブで働いていること自体、すでに違法なのだが。

 エプロンから首を抜くと、扉が開いてノイズとともに沢村が入ってきた。髪を整えながら笑顔を向けた。沢村は煙草を燻らせながら、朝夢見の目線に合わせて見つめていた。

「どうしたの?」

素朴な朝夢見の質問にも答えず、沢村は無言で朝夢見を見つめ続けた。

 大学生の沢村は長い髪を後ろで束ねていて、ちょうど朝夢見と同じような髪形になっている。オールバックにした額には汗がにじんでいる。

「中は、暑い?」

朝夢見がそう訊ねると、あぁ、と軽く答えながら、煙草の灰を近くの缶に落とした。

「あのさぁ」

沢村はためらいがちに朝夢見に問い掛けた。

「なに?」

朝夢見は屈託なく答えた。

「あのさぁ、お前、俺と付き合わない?」

くわえ煙草で発された言葉は、くぐもっていたが、はっきりと聞こえた。

「は?」

「いやさ、俺とさ、付き合う気はないか、って言ってるんだよ」

「あ……、でも、あたし、中学生だよ」

「知ってるよ」

「沢村さん、大学生でしょ」

「そうさ。それが?」

「歳が離れてるじゃない」

「ったって、俺二十一だから、六つ七つだろ」

「でも、変じゃない……。沢村さん、カッコいいから、もてるでしょ。あたしなんか」

「いいじゃないか。そんなこと、どうでも」

「でも……」

「誰か、他に付き合ってるヤツでもいるのかよ」

「まさかぁ」

「じゃあ、どうだ?」

「…でも」

「なんだ。いいじゃないか、最近よくあるじゃないか。大学生と中学生でも。ほら、家庭教の先生と教え子が付き合ってるとか」

「でも、あたし…」

「考えといてくれ」

「え?でも」

「俺は、本気だぜ。冗談で言ってる訳じゃないから」

沢村はそのまま店内に戻った。朝夢見は一人残されて、ぼんやりしていた。言えなかった言葉を噛みしめながら。

 ―――あたし、ファントム・レディだから。



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