第1章 第5節 謎の熱血コンサルタントの教え~二人の独立
――話は少しさかのぼって、将人と光一が代理店に加入する約1年前のこと。
光一は2年前から、将人と電話でやり取りしている間に、経営に興味を持ち始めるようになり、商売や経営に関する本をたくさん読むようになった。
ただ、光一は将人と違い、商売や経営の勉強をむしろ楽しんでいた。
将人は将来、独立するために必死に勉強していたのに対し、光一は、ベテラン経営者でも難解と言われる経営書ですら、楽しんで読んでいたのだ。
特に光一が関心を持ったのが、熱血コンサルタントと言われる二宮基行の経営書だ。
光一が調べているうちに、「二宮基行」という名前は本名ではなく、どうやらビジネス用の仮の名前ということがわかった。本には著者の写真もなく謎めいた部分があるが、二宮基行の経営指導は、徹底した現場主義者で、空理空論を嫌い、社長を子供のように叱り飛ばすことで有名だ。別名、赤鬼コンサルタントとさえ呼ばれていた。
請け負った会社はそれほど多くはないようだが、二宮基行が請け負った会社はなぜか赤字会社ばかりだ。そして、黒字になるまでは報酬は一切受け取らず、代わりに赤字の間は、社長を鬼のように叱り飛ばすという恐ろしいほどの熱血漢であることが光一の調べでわかった。
しかしひとたび二宮基行の指導を受ければ、どんなにひどい赤字会社でも見違えるように黒字体質となり、一部の社長の間で「奇跡のコンサルタント」とさえ呼び名があった。
光一とは、対照的な性格であるが、光一にはたくさんの本を読んでいるため、著者の意図することがわかっていた。
「この二宮基行というコンサルは、本気で社長を救おうとしているんだ」
光一には、二宮基行の厳しさの奥にある、深い愛に感銘したのだ。
(こんな人が日本にいたなんて……)
光一は、二宮基行の著書をむさぼるように読んだ。
二宮基行が主張する方針は主に5つだ。
1.経営計画書は社長自ら作れ
2.経営計画書の作成こそ、社長が取り組むべき最重要事項である」
3.社長は自らお客様訪問をせよ
4.事業の成果は社内でない、市場に聞け
5.毎朝の清掃こそ、社業発展の原点である
近年、経営書や商売に関する内容で売れ筋ランキングに入る本は、ノウハウやテクニックに関するものばかりだ。その中で「経営計画書をつくれ」「社長自らお客様を訪問せよ」「掃除を極めよ」と社長が特に嫌がること、面倒くさがることばかりが書かれているのは珍しかった。
そして「掃除の徹底」を経営の最重要項目の一つに入れていたことに、光一はとくに関心を持った。
その内容を読むと、「掃除への心の込め方」「掃除をする者の心構え」については、どこかで聞いたことのある内容だった。
「くすっ、これって確かあの白鳥さんが言っていたことと同じだ」
光一は思わず、学生時代に白鳥さんと掃除をしていたときのことを思い出し、本を読みながら吹いてしまった。
「なつかしいなあ、白鳥さんと掃除をしたのは僕が大学1年のときだったなあ。もう、あれから10年以上、経ったんだな。時が過ぎるのは早いなあ」
光一は、学生時代を懐かしそうに思い浮かべていた。
「そうだ! 将人さんにもこの二宮基行の本のことを紹介しよう!」
光一は将人に電話した。
「将人さん! 実はね、とてもおもしろい本を見つけましてね!」
光一は、二宮基行のことを説明した。しかし将人の反応はいまいちだった。
「ああ、二宮基行ね。知っているよ。俺も少し読んだことがあるよ。でもね、大正時代風の経営指導のように感じるし、目新しいものがないからね。考え方が古くて、近代マーケティングには使えないものばかりだよ」
なんと将人は、光一が紹介した二宮基行を一蹴してしまったのだ。
「光一君、もう少し、最新のマーケティング理論を勉強した方がいいよ。第一、俺は掃除会社で働いているんだよ。掃除に真心を込めるのはあたりまえだし、計画をつくるのもやっているよ。
それに掃除だけで会社が黒字になったら、誰も苦労しないよ。今ではそんな古い考えは、通用しないよ。それよりも、セールスレターの書き方やライティングスキルを勉強したほうがよいよ」
「そ、そうですか」
そして将人は、売れ筋ランキング第1位となった、マーケティング第一人者の本を光一に紹介したのだ。
その後、光一は、将人の言われる通り、近代マーケティングの本をいくつか購入し、読んでみた。
光一は、確かに最新のマーケティング理論を勉強することは大切だと感じている。
しかし光一は、一つの疑問点を感じていた。
(確かに最新の技術や理論を学ぶことはだいじだけど……でも時代の環境が変わっても、ずっと普遍的な価値観ってあると思うんだけどなあ」
――こうして月日は過ぎていき、話は現代に戻っていく。