第1章 第4節 運命の幕開け~二人の独立
一方、将人は、前職ではジェネラルマネージャーという立場だったので、新規開拓営業の経験も豊富で、みんなが嫌がる飛び込み営業も難なくこなしていた。IPフォンの飛び込み営業もできないわけではない。
ただ将人は、IPフォンを実際に使用する一般消費者への営業を行わず、代理店獲得を優先した。
その理由の一つは、代理店獲得で45万円、さらに一つ上の販社を獲得できれば100万円の報酬が得られるからだ。
新世界通信社のIPフォン事業の代理店になるには150万円、その上の販社になるには300万円の加盟金が必要となる。この加盟金の一部が紹介者に還元される仕組みとなっている。
一見、高い加盟金のように思えるが、将人の説明によれば、通常、大手携帯ショップの代理店になるには少なくとも1000万円はかかるそうだ。それに比べれば、新世界通信社の加盟金はずっと安い。
150万円は決して安くはないが、一般のサラリーマンでも手に届く金額だ。
将人はIPフォンの営業を開始して二週間で、代理店二つ、販社一つを獲得したのだ。
報酬は合わせて190万円となり、代理店の権利を獲得するために投資した150万円をあっという間に回収していたのだ。
しかし将人は、一つの不安を感じていた。なぜなら代理店や販社を獲得するための自分の知り合いが、他に浮かばなくなったからだ。
以前の職場では、テレビCMや新聞で大々的に宣伝したため、会社のことは多くの人たちにも知られていて、飛び込み営業でも仕事が獲れることがあった。
しかし、今、扱っているIPフォンはまだまだそこまでの認知度に至っていかかった。確かにIPフォンは、将来性のある商品ではあり、有名スポーツ選手を起用したテレビCMを積極的に行っている。しかし創業8年というまだまだ若い会社だ。いくらテレビCMを開始したといっても、大多数の一般ユーザーまでには、IPフォンは認知されていなかった。さらに今の将人の立場は、ただの個人代理店にすぎない。
試しに将人は、自分の仲のよかった知り合いに「IPフォンを使ってみないか」と営業をかけてみた。確かにIPフォンに強い興味を持たれるものの、最終的に契約までには至らなかった。
どんなに技術的には優れた商品であっても、個人代理店ではやはり信用は得られなかった。
IPフォンの本部が強く主張していたほど、すぐに売れる商品ではなく、これは将人にとっての最初の誤算だった。
将人は、代理店や販社を獲得して投資した分を回収して、プラスの利益が出ているにも関わらず、不安が大きくなっていたのだった。
そんなとき、将人に光一から電話がかかってきた。
「こんにちは、将人さん!」
「ああ、光一くんか」
「将人さんは本当にすごいね。代理店と販社、合計三つも契約とって。本当にさすがだと思ったよ」
「ああ、そんなに大したことではないよ……」
「ん? 将人さん、少し元気ないようですけど……」
「いや、そんなことないよ。元気だ」
「なんだ、僕の勘違いだったんですね。よかったあ」
将人は自分が今、不安を抱えていることを、光一に悟られないようにうまくごまかした。
「ところで将人さん。今日電話したのは、僕って営業の経験がないでしょ。
そこで今度、販売が得意な知り合いの社長さんとお会いすることになったんです。販売のコツを教えてくれるって話になって、それで将人さんも一緒にどうかなって……」
「販売の得意な社長って……」
「あの株式会社オータムぼ花岡社長ですよ。前に一度、お会いしている……」
花岡社長とは、光一が時折参加している、歴史勉強会のメンバーだ。
光一の歴史通に、花岡社長が光一に関心をもったのがきっかけだった。
実は光一は、営業のコツを花岡社長から教わろうと連絡を取って、花岡社長から一発返事でOKとなった。
光一は日曜日に、花岡社長の会社の社長室で会う約束をしていたのだ。
「ああ、光一君、俺もぜひ会ってみたいよ」
「じゃあ、花岡社長に連絡しておきますから! 日程が決まったら連絡しますね!」
こうして光一は、将人と一緒に花岡社長のところに行く約束をしたのだ。
しかし、この光一の判断が、光一と将人の二人に対して、激動の運命が拓く幕開けとなってしまうことを、二人はまだ知らなかった。